地獄門前

 冥府全体の広さはそれこそ天文学的数字になるのだが、その玄関口の一つであるアムニル衛門府は意外に狭い。人間界の施設に例えるならば、中規模の遊園地程度。そこに短期間のうちに数十万の輪廻者サンサーラーが出入りするのだから各地で混乱が生じるのも無理はない。最深部に極楽浄土への門があり、その道中に各地獄へと繋がる門がある。理由は単純、ここに入りたくなかったら来世でも行いを清めよ、という戒めの意味があるらしい。


「お、いたいた! 自我を持たれた輪廻者サンサーラー様~!」


 衛門府の中央辺りに位置する阿鼻地獄門。周辺にはまだ多くの人だかりが出来ているが、私の力『周囲に漂う心の声を読み取れる能力』を使い、明確に阿鼻地獄門を探す意志を探し当てて老人を見つける事が出来た。


「おや、先程の。どうなされましたかな?」


「いやぁ~先程は大変失礼いたしました。わたくし、当衛門府を管理しております、閻魔職のゾーマ・ビサンエイジと申しまして。輪廻者サンサーラー様が無事にこちらに辿り着けたかと思うと、居ても立ってもいられなくなった次第でございまして。いやぁ~お怪我がなくて良かった。本当に良かった。何か他に、お困りの事等ありませんでしょうか?」


「ゾーマ殿……」


「それはそれは、わざわざご足労をおかけして申し訳ありませんでしたな。ではせっかくなのでお言葉に甘えて、一つお願いしてもよろしいですかな?」


「ええ、それはもう。輪廻者サンサーラー様からその様なお言葉とご用命を賜るなどこのゾーマ、きょうえつごくに存じておりまして、ついうっかり自らが地獄に堕ちてしまいそうでございます。なんつって、ぬっははは……」


 体をくの字に曲げ、老人の前で揉み手をしながらへりくだっているゾーマ殿は、正直痛々しくて見ていられない。そんな彼の前でもにこやかな表情を崩さない老人は、懐から撮影機の様な物を取り出してゾーマ殿に差し出した。


「こちらのカメラで私と阿鼻地獄門と撮って頂けますかな。所謂冥土の土産というやつです。私は端で構いませんので、地獄門を中心に写して頂けると助かるのですが」


「かしこまりました! では今すぐ撮影準備を――オラァそこらの輪廻者サンサーラー共、門の周りうろつくんじゃねぇ! 地獄に堕とすぞゴラァ!」


 ゾーマ殿に恫喝され、周辺の輪廻者サンサーラー達はすごすごと門の周りを避けて歩き出した。仏の教えに従う者として、こうはなりたくない。


「ではお撮りしまーす!」


 門の全体を撮ろうとしているのか、這いつくばってローアングルで撮影するゾーマ殿。その指がシャッターボタンを押した瞬間の事だった。


「ハイ、チー」ゴゥッ!


 カメラから閃光が放たれ、轟音と共にゾーマ殿の声と地獄門を飲み込む。


「な……?」


 その威力は一瞬視覚を奪われる程凄まじく、直撃をくらった地獄門は、原型が留まっていない程に半壊させられていた。


「…………はぁぁぁ!?」

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