異質な来訪者

「ああ? んだよ?」


「お忙しいですかな? 申し訳ない。阿鼻あび地獄の門へはどちらに行けば良いのか、教えて頂こうと思いまして」


「ああ、あっち」


「ゾーマ殿、もう少し詳しくご案内された方が」


「いいんだよ。おい爺さん、お前どうせ観光目的だろ?」


「ほっほっほ、お恥ずかしい。お手間を取らせましたな。――では」


 柔和な表情は崩さずに、老人は軽く頭を下げながらゾーマ殿が指差す方向に歩いて行った。――通常の輪廻者サンサーラーは人の形こそしているものの、自我は無く会話も出来ない。しかしごく稀にだが、あの老人の様に生前の記憶や自我を残したまま輪廻者になる者もいる。とは言えそれも冥府にいる数カ月の間に他の輪廻者サンサーラーと同じ様な状態にはなるのだが。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あのお爺さん、無事に阿鼻地獄門に着きましたでしょうか」


 帰省のピークも過ぎ、ようやく衛門府入口周辺は落ち着きを見せ始めていた。とは言えここから冥府の各地区へと繋がる門周辺は未だ大混乱だろう。ここは申し訳ないが、そこを担当している獄卒達に任せる事にしたい。


「距離で言えば半里もぇんだ。第一分からなくたって別に良いだろ。阿鼻地獄に落とす様な奴の顔だったら流石に俺様も憶えているが、あの爺さんは特に印象もぇ。人も良さそうだったし、極楽行きついでに地獄門だけ見ときたいとでも思ったんだろ」


「確かにあの門、不自然なくらい豪華ですからね。と言うよりゾーマ殿、裁判を受け持った輪廻者サンサーラーの顔はしっかりと憶えておくべきでは」


「無理無理、絶対無理。一日何人来ると思ってんだよ? んでよ、門な。上から急に予算が下りたかと思ったら、『阿鼻地獄の門を作り直せ』だからな。給料か福利厚生で還元しろっていう獄卒共をなだめるのに滅茶苦茶苦労したんだぞ」


「中間管理職ですね、お疲れ様です。しかしそのお蔭で、冥府屈指の強固な門が出来たと各方面でも話題になっていましたよ」


「まぁな。阿鼻地獄だけは堕者アパブランシャを幽閉してるから、とびっきり頑丈に作られてんだ。それこそ、俺様が全力でぶちかまさなきゃ壊れないくらいにな。閻魔になるならお前も憶えとけよ」


「勉強になります。――ところで今思い出しましたが」


 ここで一つ、隠していた事実を彼に明かす。これも仕返しのひとつだったが、今がその事を打ち明けるのに最適なタイミングであろうと判断したからだ。


「私がここに配属する際に小耳に挟んだのですが、近日中に閻魔職の評価管理官が抜き打ちで訪れるとの事です。何でも、関係者に扮してゾーマ殿の日頃の業務態度を観察するんだとか」


「な……」


「そう言えばさっきのお爺さん、妙に風格がありまし――」


「それを先に言えぇぇぇぇぇ!」


 私が言い終える前に、ゾーマ殿は人ごみの中に突っ込んで阿鼻地獄門方面にに向かって駆け出した。


「ちょ、ちょっとゾーマ殿。持ち場を離れては……」


「んなもんどうでもいい! さっきの管理官探すからお前も手伝え!」

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