地方と中央

「何度もセクハラめいた質問されたら、こちらだって対処法くらいは考えます。それに『嘘』が欲しかったら、真面目に裁判に取り組まれたら良いじゃありませんか。それなのに部下に対して業務と全く関係ない質問ばかりして……何考えてるんですか一体?」


「けっけけ。さとり妖怪のお前に何を考えてるのかと問われるあたり、流石俺様、閻魔様って訳だ。ところで、今で帰還率はどれくらいだ?」


「さとりと言っても、詳細に心が読める訳ではありません。大体ゾーマ殿の心中など……少々お待ちください」


 この人はふざけているかと思ったら、急に仕事の話をしだすから調子が狂う。形式上は上司である彼からの問い合わせなので答えない訳にはいかず、綿製の肩掛け鞄から帳簿を取り出して表紙に描かれている蓮の花を確認する。

 周りは綺麗に開いているものの、中央の花弁はなびらはまだ内側を向いており、実となる部分を隠していた。


「帰還率は大凡おおよそ八割程度と言ったところでしょうか。本日中には全ての輪廻者サンサーラーが帰還すると思われます」


「チッ……今日いっぱいかかるじゃねぇか。大体閻魔である俺様自ら交通整理ってどうなんだよ? これだから地方の衛門府は嫌だっつったのに」


「中央は違うのですか?」


 実は私は中央の内情も知っている。ここで知らない振りをするのは、彼に対する今までの小さな仕返しだ。


「まぁな。同期に聞いた話だと、中央だと閻魔は勿論、補佐官も雑用なんか一切せずに裁判だけやっときゃいいらしいぞ」


「随分と業務内容が違うんですね」


「だろ? その点俺様はどうだ? 交通整理もそうだが、花壇の世話から通用門の掃除に、壊れた排水管の修理。酷い時には獄卒共の飯まで作らなきゃならん時もあるんだからな」


「理想の上司だと思いますよ。セクハラさえ無ければ」


「うっせぇな。第一ランバナ明けもな、数年前まではこんな大変じゃなかったんだよ。無能な役人共が、地獄行きの奴らまで帰省を許可しやがったから……」


「まぁ、彼らも輪廻者サンサーラーである事に変わりはないですからね。時代の流れなのでしょう」


 そう、以前は下界に帰省出来るのは、極楽浄土行きの裁きを受けた魂だけだった。しかし数年前から一部の神仏で構成された魂権こんけん団体が頭角を現し「地獄の輪廻者サンサーラーにも帰省の権利を!」と主張し始めた為、輪廻者サンサーラーは一部を除いて平等に帰省出来る法律が施行された。そのせいもあってこの時期は、ここアムニル衛門府も含めた多くの現場は混乱をきたしている。


「まぁ、九月には辞令が貼り出されるからな。俺様ももうここに二百年近くいる訳だし、そろそろ中央に栄転する頃だろうと思うのさ。後任を務めるであろう、お前も来た事だしな」


「私が、ここの閻魔にですか?」


「ああ、だからそれまでには引き継ぎも済ませとかなきゃ――」


「あのぅ、もし」


 我ながら少し気が緩んで雑談していたところに後ろから声をかけられる。振り返ると一人の年老いた輪廻者サンサーラーが、にこやかにこちらを見つめていた。

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