理性と欲求

 二人きりの自室。勉強用の足の短い長机に座布団を四つ並べ、私が座るべきドアに一番近い場所には既に英語のプリントが積み上げられている。


「それじゃ、始めようか。えーと……ここでいい?」


 そう言って鈴城君は、プリントが置かれてる隣の座椅子に腰を下ろす。――ええ? 隣なの!? 向かいじゃないの? 確かにその方が同じ向きだから見やすいのかもしれないけど、心の準備が……。


「は、はい。……お願いします」


 自室にも関わらず、借りてきた猫の様に萎縮いしゅくしながら鈴城君の隣にちょこんと正座する私。


 ――近い。それに目線の高さがほとんど変わらない。頭一つ分くらい大きい鈴城君はいつも見上げるばかりだが、今はこんなにも鈴城君の顔が間近にある。私が正座しているからというのもあるけど。


 右を向いたらお互いの息が当たるくらいの至近距離。この状況で、勉強に集中なんて出来るの私? あああ駄目、駄目よなずな。妄想世界に逃げちゃ駄目。ここで現実から逃げだしたりなんかしたら、きっと鈴城君に幻滅される。もしかしたら怒って帰っちゃうかもしれない。今は理性を保つのよ。絶対にここで自分の体をもぬけの殻にする訳にはいかない。


 自らを落ち着けようと、とりあえずシャープペンシルを左手に取って英単語の記入から始める。――が、手が震えて上手にアルファベットが綴れない。知らない人に「これがモールス信号です」と言い訳したら多分信じてもらえるくらいの点と線っぷり。


 落ち着くのよなずな、このままだと鈴城君に変な子だと思われちゃう! 多分今のところはまだ、ちょっと天然入った清純系で通せてるはず。なんとかこのイメージを守った上で宿題を完了し、あわよくば鈴城君との距離を縮めて――――

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