第四章・その4 賢者と英雄
「それは、どういうことなんだ?」
さすがにイオンは尋ね返した。
西の英雄は確か、
「魔王とは戦いました。でも、力が拮抗していて、戦いはこちらが劣勢。魔王側に押し切られる寸前だった。もし押し切られた場合、
イオンが険しい顔をして「封じた?」と尋ね返す。
「そう。私が封じたんです」
このままではどうにもならないと判断したノーチェは、魔王が疲労している今なら、封印が効くと判断し、封印を施した。即興でそれが出来たノーチェは相当なものだが、しかし。
「それが、余計な手出しだったみたいで」
西の英雄一行からしたら、それが余計な手出し、ということだったらしい。
「それで、まさかその後、きちんと倒してない?」
「恐らくは。封印が解かれた感じはしない……」
ノーチェが気まずそうに答えた。
封印を施した本人が言うのだから間違いないだろう。
「私の封印は一時的なものです。一度立て直して、再度、討伐に行くものだと……」
確か、西の一行は魔王を倒したと、そう喧伝している。
それで英雄は救世主の称号を得た。
「それじゃあ、西の英雄は、そもそも
生きてもらっていては困るのだ、魔王が倒されていないことを知っている、彼女に。
だが、そこまでして栄誉が欲しかったとしても、それでは砂上の楼閣だ。封印は所詮、一時的なものだ。いつかは解けて、何もかもが露呈する。かなり脆い見せかけの栄誉だ。
「英雄は……どうするつもりでいたんだ?」
イオンの呟きに、ノーチェが首を横に振る。
「分からないです。あの人、何を考えているのか分からない人でしたし。その彼を、西の司教が後見人をしていたから、多分司教が何かを考えていたと思うんですが」
ノーチェの言い振りは歯切れが悪い。それに、仲間だったわりに人ごとのようだ。
「ただ、西の司教に言われたわ『力は必要だった。要らないのは
口を濁した。イオンが怪訝な表情で見る。彼女は少し迷って、それから口を開いた。
「私でなく〝私の力〟が欲しかったのでしょうね。多分、最初から」
「……だろうね」
言い辛そうにノーチェは漏らし、イオンも大きく頷く。
「西の司教だっけ? その、奪った魔力で何がしたかったか分からないし、半端な封印で魔王を放置して、どうするつもりなのか、俺には分からないけど……」
イオンが馬鈴薯と肉を一緒に口に頬張って、咀嚼してから飲み下す。
「とりあえず、西の連中には『探していた魔女が見つかった。捕縛している』と伝える。落ち合う場所も指定するから、その時に解除と魔力を取り返す」
ノーチェが「取り返す?」と尋ね返した。
「ああ、取り返す。自分の魔力を仇に持たせておきたくないよね?」
そう言って、「まぁ全部、俺が勝手にやってることだけどね」と付け加える。
ノーチェが戸惑った表情でイオンを見ていた。何か、迷っている。
言いたいことは言った。あとはノーチェ次第――と、思いつつも、彼女がどんな返答をしようが、イオンは手を引くつもりはなかった。彼女の魔力を取り戻そうとする以上に、西の連中の行動が、イオンにとって不可解で気に入らない。どういうことなのか、問い糾したい。
イオンは水差しから
「――俺は、西の連中が気に入らない」
腹で思っていることそのままに、イオンが独り言ちた。
「あの……イオン?」
既に馬鈴薯と肉を平らげて、スープの攻略に掛かっていたイオンが顔を上げた。
言いかけたまま黙りこくる――イオンは辛抱強く、彼女の言葉を待った。
目を逸らし「積み上げてきたものは」口を開く。
「銀貨三枚の価値しかなかった、って気付いて、少し、悔しいだけです……」
それから黙ってノーチェはスープの残りを飲み始めた。
「……俺は、アダマンチウム硬貨十枚分くらいの価値はあると思うけどな」
アダマンチウム硬貨は、金貨の百倍の価値がある硬貨だ。一枚で銀貨千枚に相当する。
それが十枚。銀貨に換算したら一万枚だ。
驚いたのか、ノーチェが大きく目を開き、彼の顔を見つめて、それから溜息する。
「それは、大げさですよ……」
窘めるようにノーチェが呟いて、それから食事を再開した。
全然、大げさじゃないけどな。そう密かにイオンが思う。
静かに食事をするノーチェを見ながら、イオンは残ったスープを飲み干した。
◇ ◇ ◇
〔ンもう! イオンのいい人、黒エルフだったって。私ってば、すごく驚いちゃって!〕
メイアンが魔水晶越しに、井戸端会議の主婦よろしく、大仰に驚いて見せた。
〔うちのお店に来たとき、そうじゃないかな〜? と思ったんだけどぉ。そんな伝説級の存在、そうそうお目にかかれるもんじゃないから、違うかなぁ? って思ったら……ねぇ?〕
イオンがうんざりしたように魔水晶の半分から目を逸らす。そして、もう半分に映ったジェスターを睨みつけた。こちらは我関せずと言わんばかりによそを向いている。
ジェスターに呪いの術式解除の依頼をしたのはいいが、式を構築するのに時間短縮のため、黒魔術部分を手伝ってもらったのが、よりにもよって、おしゃべりのメイアンだった。
確かにこいつは黒魔術が得意で
だが、おばさんのようなあっけらかんな話し方を聞くと、イオンは頭が痛い。
〔で、イオン。なんか、天ぷら騎士様に啖呵切ったようだが……〕
「なんだそれは? 揚げ物か?」
〔奴さんら、俺の方に連絡を寄こしてきたぞー?〕
「俺の森までわざわざ直接来たわりに、連絡はお前の方か――で、何だって?」
〔曰く『魔女を迎え参るは我らが主。
〔なぁに、それ? 『ボスが迎えに行くけど、忙しいから、お前の指定する場所には行かん。だから、こっちが決めた場所に、お前の方から来い!』ってこと?〕
〔まぁ、そういうことだろうよ〕
メイアンの意訳に、ジェスターが同意する。
「……良いだろう。それで受けてやる」
イオンが言うと、魔水晶の向こうの二人が驚く。
〔あらあら。イオン、いいのぉ? こんな印を組むような人って、だぁいぶ、こちらに不利な条件の場所で、待っていると思うけどぉ?〕
〔だなぁ。待ち合わせの場所に罠の魔方陣くらい仕掛けてくれそうだな!〕
「だったら、魔王攻略だと思えばいい」
心配する二人に向かって、イオンが竹を割ったようにさっぱりと言う。
「こんな回りくどいことをする奴が、こちらの話に乗るなんて、最初から思ってない。自分が有利な条件でしか動かないに決まってるだろう? それならこちらは、正面から叩き潰すつもりで征けばいいよ」
〔おいおい、正面から殴るってかぁ!?〕
〔ゴリ押し? 力押し? もぉ〜、笑っちゃうじゃない!!〕
イオンの断言に、メイアンとジェスターは二人して笑い出す。
「その方が、面倒がなくて楽だろう?」
〔いやまぁ、確かに。どうせ自分たちの都合の良い条件しか乗らないだろうからなぁ〕
ジェスターが呆れて感心した様子で同意する。
「どころで、奴らの指定の場所とはどこだ?」
イオンが魔水晶のジェスターが映る方に向かって尋ねた。
〔ああ、それな。確か、
「……魔神殿? そんなもの、
イオンが首を傾げた。メイアンが〔カーラ神殿跡のことよ〕と説明する。
〔
「なんでまた?」
イオンが尋ねる。古代神カーラの神力は、イオンも魔術でたまに利用することがある。
カーラは二面性のある神力なので、暴走しやすいから扱いは慎重だ。
だがそれより、なぜ、
〔恩恵と懲罰を平等に与えるのがダメみたいねぇ。恩恵の神しか認めないみたいよぅ?〕
〔
〔そうそう。だから、カーラは愛想尽かして逃げちゃったんだけどねぇ。未だカーラのことを信仰してるの、ダークエルフと東方地域の人くらいよぅ? 多分、
メイアンが困ったように説明するのを聞いて、なるほどとイオンは感心する。
自分が当たり前だと思っていることが、他地域では当たり前でないことの代表例だ。
「分かった。じゃあ、ジェスター。聖騎士どもには魔女が見つかったから、今から七日後に指定場所へ行くと、伝えておいてくれ。それから、二人とも。六日後の午後、
メイアンが〔私も参加?〕とおちゃらけて尋ね返す。
「当然だ。黒魔術が得意だろう? 対魔装備で来てくれ」
〔あ〜。はいはい〜。了解、了解よぉ〜〕
軽い調子でメイアンが受けた。
〔んで、俺も同じ調子で準備しとけって、そーいうんだろー?〕
イオンが「まぁな」と言うと、ジェスターがニカっと笑って頷いた。
「じゃあ、二人とも。よろしく頼む」
イオンがそう締めくくると、ジェスターが〔またな!〕と言って魔水晶から消えた。
一方、メイアンは魔水晶から消えずにいた。何か、顎に手をやり、考えている。
ややあって〔ねぇ、イオン。あのおねぇさんのことなんだけれど〕と声を上げた。
「なんだ、メイアン」
〔あのおねぇさんの力、取り戻して上げたら、その後どうするつもり?〕
「どうって……何を急に?」
〔女中女中って言い張ってたけど、結局、どうするのかなぁ? なぁんてね♪〕
メイアンが戯けたように尋ねるが、多分、真面目に聞いている。
「どうするかは決めてるが、言いたくはないな」
正直にイオンは答えた。彼女の力を取り戻した後、どうするかは既に決めている。
でも、今は誰にも言いたくない。ノーチェ本人にすらも。
〔……ま、大体想像付くけどねぇ。あなた、お人好しよぉ?〕
魔水晶に映るメイアンがやれやれと呆れたように肩をすくめた。
勝手に想像でも何でもしてくれ。イオンは知らん顔をする。
〔じゃあ、私から言うことはないわ。後は貴方の思うようにすれば良いと思う〕
「そうする」
にっこり笑ってメイアンが手を振り、魔水晶から消えた。
「やれやれ……」
何も映ってない黒い魔水晶を眺めながら、イオンが苦笑いした。
メイアンはお節介だ。まるで、近所の世話焼きおばさんみたいだ。確かあれで八十歳。
それでもノーチェより年下で、イオンよりは遥かに年上だ。
「エルフの血筋は、年齢と外観と人生経験が、見事にバラバラだな……」
イオンは苦笑する。そして彼が立ち上がりかけた、その時だった。
「――着信でーす。着信でーす」
突然、魔水晶の妖精が声を上げた。
メイアンか、それともジェスターか? 何か、伝え忘れたことでもあったか?
しかし、妖精は「初めての人からでーす。初めての人からでーす」と言う。
「誰からだ?」
イオンが魔水晶の妖精に尋ねる。
妖精は「えーと、えーと」と、ウニウニモニョモニョしている――様子が変だ。
悩みに悩んで、そして、ぱっと明るくなった。
「――そう! 西の英雄だって!」
イオンの顔が険しくなった。
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