第三章・その2 隠遁の青年、人捜しの依頼を受ける


「よりによって今日会うのが御輿に担がれた馬鹿っていうのが……なんかヤだな!」

 ウニコの背の上でイオンはぶつくさ文句を垂れながら森の中を進んでいた。

 先日、冒険者組合ギルドの依頼の仲介役であるジェスターから連絡があった二日後だった。

 ジェスターから再び連絡があり、先方が会いたがっていると伝えてきた。

 イオンが場所を尋ねると「ヨーマの街だ」とジェスターは言った。

「大体、ヨーマの街って。この前行ったばかりなのに」

 文句しか出ない。当然だ。せっかくノーチェのためにヨーマの街まで湯治に出掛けたのに、御輿に担がれて街を練り歩いていたブルグルと遭遇したお陰で、台無しになった。

 そのブルグルが、組合ギルドを通じてイオンに仕事の依頼をしてきた者の使者だという。

 そんなわけで、今、イオンはヨーマの街に向かっている。

「にしても……魔女か」

 この前、祭助ディアコノスのブルグルと出くわした時に、奴はノーチェのことを魔女と言っていた。

 別にイオンは彼女のことを悪人と思っているわけではない。

 悪人は、魔力喰いをしているブルグルの方だ。イオンにはよく見える。

 だからこそ、依頼内容くらいは聞いておいた方がいい。そうイオンは判断した。

 軽く支度を済ませ、ノーチェに留守を任せ、翌朝、ウニコの背に跨がり、自宅を出た。

「……なんかノーチェにすごく怪しまれてたな」

 詳細を言わなかったせいか、どうも色々とノーチェには不審がられている。

 考えてみれば、イオンにはいくらでも怪しまれる要素があった。

 彼女が知りたそうな部分に限ってイオンは茶を濁したりするから特に、だ。

 当然ながらイオン自身、色々誤魔化している自覚はある。

「いい加減、自分のこと、正直に口を割った方がいいかな……いや、やめた」

 イオンはウニコの背に揺られながら項垂れる――やはり度胸がなかった。

 戦うのは全く問題ないのに、どうしてこういうことには勇気がないのか不思議だ。

 でも、彼女は彼女で自分の事情を話したがらない。だから、お互い様とも言える。

「別にいいけどな。今日、会う奴からそれとなく聞き出すという手もあるし」

 西の祭助ディアコノスのブルグル。西の英雄の、その仲間の腰巾着。

「さて、どうなることか――ウニコルヌス!」

 イオンが手綱を扱いて愛馬を促す。一角獣ユニコーンが加速のために跳ねた。

 一角獣はまるで飛ぶような速さで、森の中を一気に駆け抜けていった。


 イオンが峠の茶屋の前まで差し掛かると、そこには軽薄そうな司祭(ぼうず)が、茶屋の名物の米粉の団子を頬張っていた。組合ギルドの依頼の仲介役をしてもらっている、ジェスターだ。

「よう! イオン。相変わらずウニコの足は速いな!」

「久しぶりだな、ジェスター」

 ジェスターとは、一緒に冒険していた頃からの腐れ縁だが、相変わらず腐れ司祭ぼうず然として、美味そうに団子を食っている。側では彼の愛馬が道草を食んでいた。

「いやぁー……お前が引きこもって……もぐ……一年半だっけ……んぐ……」

「……喰ってからで良いぞ」

 物を頬張ったまま喋るジェスターを、ウニコから降りながらイオンが窘めた。

 ジェスターは首肯し、皿に残っていた団子を一気に平らげ、それをお茶で流し込む。

 どう見ても、味わっているように見えない。

「まぁ、色々あらぁな。ってことで、ヨーマの街だっけな? クソウザいなぁ。ブルグルのことをちょっとだけ調べたんだが、やっぱりいい噂なんかない」

「どんなんだ? 御輿に担がれて喜んでいるような奴だから、大体、想像は付くが」

「魔力喰いもそうだが、人身売買、不純異性交遊、横領、資金洗浄、などなど。不正の権化みたいな奴だ。で、全部、裏が取り切れない。ちゃっかり揉み消してるようだからな」

 ジェスターは呆れたように苦笑いした。イオンは「はぁ」とため息を吐く。

「よくやる。俺にはその神経が分からない」

「まぁ、お前だとなぁ……。でも世の中の大半の奴は、そんな風だぞ?」

 ジェスターがイオンの発言を肯定しながらも、辛辣に付け加えた。

「良いよ。誰かを踏み台にするよりは。それに、そこまで酷い奴もそうそういないだろ?」

「まぁなぁ。やらかしてることを考えたら、こいつは裁かれた方が良いのは間違い。何より、こいつの権力は上の奴からの借り物だ。それで好き勝手やっている」

「そういえば、上の奴って西の司教だったか? 調べておいてくれたか?」

 イオンが先日の依頼のことを尋ねると、ジェスターが複雑な表情をした。

「それが、揉み消しが上手いのか、最近のはあまり出てこない。大体が西の英雄と一緒に冒険していた頃の武勲譚ばかりで、大体は、お前も知っていることだと思うぞ?」

「西の英雄の仲間で司教……。えっと。エグゼル・メンタールだったか」

 エグゼル・メンタールは西の英雄の後見者で聖職者クリレック。つまり白魔法使いだ。

 現在は大司教エピスコポスだが、冒険当時の階級は司祭パストラス。方陣術式の方が得意と聞く。

「そうなんだが――ここで考えても仕方ない。とりあえず祭助に会いに行こうぜ」

 考え込むイオンにそう促し、ジェスターは草を食んでいた自分の馬を呼んだ。


◇ ◇ ◇


 イオンとジェスターはヨーマの街まで辿り着いた。

 二人は街の最奥、岩山を削って作られた神殿まで、馬に乗ったまま縦に並んで進んだ。

 ヨーマの街に望まずに再訪することになったイオンは、無愛想に黙り込んでいた。

 ジェスターも心得たもので、イオンの後ろを付かず離れず、自分の愛馬を歩かせていた。

 神殿に辿り着く直前、イオンは「待て」とジェスターを呼び止めた。

「先日、祭助と遭った時に奴を脅したから、姿を変える必要がある」

「あー。そういえば。そんなこと言ってたな」

 イオンは懐から魔鏡を取り出す。小さな妖精が鏡の上にちょこんと現れて敬礼した。

「お仕事でしゅかぁ? ご主人?」

「ほどほどに変えてくれ……そうだな。髪の色と目の色、目の形か。その辺りだ」

 魔鏡に映るイオン髪と目の色、目の形が変わる。

 金と銀の髪と、くっきり大きな目……どこかで見覚えがある感じがする。

「……おい。これ、ノーチェの姿を使ってないか?」

「たまたまでしゅう〜♪」

 魔鏡の妖精がしらばっくれた。イオンがやれやれと溜息を吐く。

「一応、言われた仕事はやっているからいい。でも、今度、同じことやったら――」

「あぶぅ〜。ご主人、ごめんなしゃいぃぃ」

 どうせまたしでかすのだろうが。この魔鏡の妖精は全く懲りない。

「そいつ、相変わらずだなー」

 すぐ側で見ていたジェスターが笑いを噛み殺している。

「前の持ち主に似たんだろう?」

 イオンは皮肉そうに言う。魔鏡をイオンに譲ったのは、この男だ。

「いやー、元からだぜ? 俺の時なんか全然役に立たなかったからなー」

「昔の持ち主は黙れぇ〜♪ 黙れぇ〜♪」

 魔鏡の妖精はからかうように囃し立てる。ジェスターが睨むと「ヒャッ!!」と言って鏡の中に逃げ込んだ。イオンは「完全に見くびられているな」と呟き、鏡を自分の懐に仕舞った。


 ヨーマの神殿に入ると、修道士モンクが出迎えた。

 修道士モンクはイオンの姿を見て驚いた表情をした。知っていた顔と違っていたからだろう。

 だが、彼の隣にジェスターがいたこともあり、すぐに表情を改めた。

 二人は修道士モンクに案内されるままに、神殿の空中回廊の先の、庭園の東屋まで辿り着いた。東屋には祭助のブルグルが座って待っていた。二人の姿を見た途端、ブルグルは立ち上がる。

「あなた様が、イオンジェン・レルミット様でございますか?」

「そうだ」

 恐る恐る尋ねてくる祭助のブルグルに、イオンは表情を変えずに返事をした。

 どうやらブルグルは、先日、御輿から落とした者と同一人物と思っていないようだ。

「ではお連れのお方は、司祭パストラスのジェスター様でございますね?」

 ジェスターが「そうそう」と、気楽な様子で答えた。

「申し遅れてしまいました。わたくし、西の大司教エグゼル・メンタール様の側近で、今回、特使としてこちらに参りました、祭助のブルグルと申しまする。この度は、わざわざお呼び出しに応じて頂き、恐悦至極。汗顔の至りでございますれば――――」

 ブルグルは前屈みになりながら、長くて恭しく仰々しい挨拶を言い連ねる。

 最初に御輿で担がれていた時の品のない横柄さとは随分と違った、平身低頭さだ。

 どうやら自分より上だと思った者に対しては腰が低いようだ。分かり易い男だ。

 二人が東屋の椅子に座ると、後から付いてきた修道士が茶を出して、下がった。

「――それで、用件は何だ? わざわざ俺を指名して、依頼内容は使者から聞けという。正直、これだと何のことか分からない。それと既に伝えていると思うが、内容によっては断る」

 イオンが切り出しつつ、予め断りを入れる。

「そ、それはもう、あなた様にお頼み申し上げる段で、既に承知の上でございます」

 ブルグルはイオンに気圧され、戦いた様子で頭を更に低くする。

「お断りされるのを承知で来た、と。随分と覚悟を決めてきたな――で、肝心の内容は?」

 足を組んで座っているジェスターが冷やかしを入れるようにその先を促す。

「あ、はい。えっと、その……用件の方でござりますれば……」

 強い視線を送りながら黙って話の続きを待っているイオンと、冷えた目をしてゆったり座っているジェスターを前に、ブルグルが冷や汗を掻きながら口を開いた

「ある人物を探して頂きたいのです」


◇ ◇ ◇


「裏切り者の魔女を探して欲しい?」

「左様にございます……」

 怪訝に尋ね返すイオンに、祭助のブルグルは神妙そうに言った。

西方地域シーファンに侵攻していた魔王を、我らが英雄のヘイロス様が撃ち倒すため、共に戦う有志を募り、立ち向かったのであります。が、集った者の中に魔女が紛れ込んでおりまして、そやつは己のことを賢者マギと偽り、まんまと我々の仲間内に入り込んだのであります……」

「へぇ、仲間に賢者がいたんだ、初耳だ」

 ジェスターが戯けたように呟いた。

 イオンも西の英雄一行に賢者がいたことは、初めて知った。魔王討伐の一行は東でも西でも、ある程度世間に知られる。なのに、西の賢者の存在は全く知られていない。

「賢者ではございませぬ。魔女でございます」

「まぁどちらでも良い――それで?」

 訂正するブルグルを適当にあしらい、イオンが先を促す。

「それで我々は魔王を滅ぼしたものの、後に魔女は本性を現し、牙を剥いたのでございます」

 目を瞑り、ブルグルはぐっと堪えるように息を詰まらせる。

 英雄一行に加わっていないのに、まるで我がことのような語りだ。

「……ですが、我らが聖なる術使いであられました、大司教エグゼル・メンタール様は、魔女の裏切りを許しは致しませんでした。類い希なる御術みわざを使い、魔女を封じようとしたのでございます。メンタール様のお力で、魔女の魔力は封じることに成功したのでありますが、魔女めは何らかの妖術を使い、その身だけは術を逃れ、どこぞへ消え失せたのであります……」

 劇的に語り、祭助のブルグルは深々と息を吐いた。

「それでその魔女とやらは、どうして裏切ったんだ?」

 ブルグルの大袈裟な語り方に、半ば呆れた様子でジェスターが茶を啜って尋ねた。

「それは……分かりませぬ。我らが大司教エグゼル・メンタール様も、その辺りが全く分からず、困っておいででございました……」

「で、その行方不明の元賢者――魔女を、我らがイオンジェンに探して欲しいと?」

「左様にございます」

 ジェスターの問いを、ブルグルが肯定する。

「――二、三、尋ねたいことがあるんだが」

 黙って聞いていたイオンが口を開いた。

「まず、その賢者と偽った魔女は、どんな奴だったんだ?」

「はい……そやつは、その、半魔の女でございました。だのに、魔族らしからぬ姿をしており、我々も最初、その姿にすっかり惑わされたのでございまする……。まるで、そう。エルフのような姿でして、実は先日――あ、いえ!? なんでもありませぬ!!」

 祭助が何か言いかけたが途中で口をつぐんだ。

 先日、ノーチェと偶然出くわして、イオンが御輿から落としてやった時のことだろう。

 イオンが短く溜息を吐いた。こいつは迂闊だ。脅迫されたのに、口を滑らそうとする。

「それから、なぜ、俺に頼む? 西の英雄なら天眼があるだろう? それで追えば良いのに、なぜ追わない? わざわざ俺に頼むのはなぜだ?」

「それは……英雄ヘイロス様は、西方地域シーファンの要職に就かれておいでで、大変お忙しく……追えない立場なのでございます……」

 何か、引っかかるような、それでいて誤魔化すような口振りだ。

 大体この依頼は、西の英雄は自分の後始末をせず、その尻拭いを東側こちらに投げてきたと。

 そういう、随分な内容の話だ。それに、この依頼は色々と引っかかる。

 しかし、イオンはそれについては聞かず、別のことを尋ねることにした。

「それから最後。祭助のブルグル。最近、西の英雄と会ったか?」

「と、申しますと?」

 質問の意味が分からないのか、ブルグルが首を傾げた。

「だから、お前は西の英雄と最近会ったかと聞いているんだ」

「お、お会いしました! こちらへ出向く直前に! ま……魔女も、東の方にいると大体の当たりを付けて下さったのも、西の英雄のヘイロス様でございまするっ!」

 イオンが強い語調で尋ね返した途端、慌ててブルグルは訊いてもないことまで口にした。

 どこまでも迂闊な奴だ。その内、己の不注意さで自滅するのではないのかと思いながらも、すっかり冷めた茶をイオンは一気に飲み干し、ブルグルに向き合う。

「――その依頼、引き受ける」

 そう言い放ち、イオンはジェスターに目配せをし、立ち上がった。

「連絡の方はジェスターを通してくれ。結果はあまり期待するな。ではな」

 一方的にそう言うと、イオンはその場から歩き出し、ジェスターも後を追う。

「お……お待ち下さい!!」

 ブルグルが立ち去ろうとするイオンを呼び止めた。

「……何だ? 他に用件でも?」

「あのっ! この依頼に関しては、是非とも他言無用にお願い致します……特に、その、私のことや、西の英雄様や……大司教様のことは……」

 誰にも知られたくないらしい。当然か。こんな、西方地域シーファンの英雄たちの悪因悪果の尻拭い。

 それを東方地域オリエンス側に放り投げて辺り、黙っていて欲しいのは当たり前だろう。

 呆れ半分になりつつイオンは「分かった」と答え、再び歩き出した。

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