第一章・その3 昔馴染みからの連絡

 

 今日は朝早くから、イオンは森へ柴刈りに出掛けている。

 昼前から炭を焼くらしいので、彼はノーチェに「早めに帰ってくる」と言った。

 ノーチェはというと、地下室の保管庫で魔具の手入れをすることにした。

 手始めに、魔地図の手入れから。これは羽ほうきで埃を払って、カビが生えてないかを確認。こういうのを掃除中に見てしまうと、つい魅入ってしまうが、ここは我慢我慢。

「お勤め、お疲れ様でしゅう! 姐しゃん!!」

 魔鏡の妖精がピシィ! とノーチェに向かって敬礼した。

 ノーチェも雑巾を握ったまま、軽く敬礼を返す。

 魔望遠鏡はレンズにカビが生えると、中の妖精がスネて仕事しなくなるので念入りに。

 魔羅針盤の針の上で妖精がぐるぐる回って遊んでいるのを、ノーチェは指先で止める。

 そして魔水晶を磨こうと、濡れた雑巾から乾いた鹿革セームに、ノーチェが持ち替えた時だった。

「着信でーす。着信でーす」

 魔水晶の妖精が、中から精一杯、手を振って知らせた。

 ノーチェは一瞬迷ったが、以前「連絡があったら取り次いでおいて」とイオンから頼まれていたことを思い出し、着信を知らせる妖精に向かって「繋いで」と言った。

〔おー。イオン〜♪ ひさしぶ……うぉ!?〕

 水晶に映し出された男がノーチェの姿を見て仰天したのか、声を上げた。

〔な、な、なんで美魔女!? 何の祝福だよ、いや呪いか!? おかしいぞ、これー!?〕

 勝手に盛り上がる男。肩までしか映ってないが、服装からして恐らく聖職者(クレリック)だ。

「あの、私、イオンの女中の、ノーチェと言います。あいにく彼は留守でして……」

 口調が非常に軽い、いかにも腐敗していそうな聖職者クレリックに、ノーチェは粛々と説明する。

〔お、おお……女中さんかぁ。そうかそうか。すごい美女を捕まえたなぁ。うらやましいわぁ〕

 どうやらノーチェは褒められているようだ。悪い気はしないし、悪い人にも見えない。

 しかし彼は、少々思い違いをしている。

「お褒め頂き大変恐縮ですけれど、残念ながら単なる女中なんです。それでご用は何でしょう? 内密なお話でなければ、取り次ぎを頼まれています。ご用件を、どうぞ」

 軽い乗りの男に向かい、ノーチェは真率な態度で用件を訊く。

〔はははは……なかなかに、手堅く真面目な方だな。いや、失礼。俺はイオンの昔馴染みで、ジェスターっていう司祭をやっている者だ。用件っていうのも、イオンの奴に来ている組合ギルドからの依頼を、俺が仲介していて、それで連絡したんだけどな……〕

 組合(ギルド)からの依頼の仲介か。昔馴染みが聖職者で、それが仲介して連絡を寄越すのか。

 組合ギルド組合ギルドでも、林業組合ギルドなんかではない。ここにある大量の冒険者用の魔具、そして、聖職者が依頼の仲介者。それなら、冒険者組合ギルドからだろう。

「……それは、私が取り次ぎするよりも、直接お話した方が良さそうね」

〔お。話が早い。まぁ、そうなる。だから、俺から仕事の連絡が着た、って伝えてくれれば、それでいい。多分、折り返しイオンがこっちに連絡を寄越してくれる〕

「わかりました。イオンにはそう伝えます」

〔助かる。よろしく頼むよ〕

 そう言って、水晶からジェスターの姿が消えた。

「……やっぱり冒険者」

 何も映らなくなった水晶を見つめながら、ノーチェが独り呟いた。

「でしゅ〜♪ ご主人のイオンはスゴ腕なのでしゅ〜♪」

 魔鏡の妖精が踊りながら自慢げな様子で話している。

「あのね? 魔具に宿る妖精は主人の私的事情は守秘した方がいいと思うの。わかる?」

 口が軽い迂闊な妖精に、ノーチェは優しく諭すように注意する。

「あぶぅ! すんましぇぇぇん! 姐しゃああん!」

 妖精は、優しそうだが威嚇も少々混じっている注意に、ペコペコと頭を下げて謝った。


◇ ◇ ◇


「――へぇ、なるほど。そういう依頼か」

 イオンの小屋からわずかに離れた炭焼き小屋の、すぐ側の薪割り場。

 魔水晶に映る昔馴染みのジェスター相手に、イオンが薪を割りながら話をしていた。

 冒険者組合に来ていたイオンへの依頼の件についてだった。

 一つめ。東の海沿いの火山山脈に住まう火龍サラマンダーを鎮める依頼。

 雌の海龍バクワナに振られた雄の火龍サラマンダーが、烈火の如く怒り、暴れ出したという。

 振られたおとこの八つ当たりもいいところだ。それで人々の暮らしが危険な状況なら、イオンとしても依頼を受けていたかもしれない。だが、そこは過疎も過疎。元よりろくな植生もなく、僅かな鉱物資源収集の業者がいる程度で、定住している者がいない。

 しかも「ここの火紅石ファイアルビーの採掘が出来なくなる」というごく一部の者からの依頼のようだ。

 王侯貴族くらいしか欲しがらない宝石採掘のために、危険な真似はしたくない。

 ということで。

「――却下」

〔やっぱりかぁ。まぁ俺もイヤだけどな! それと他はなぁ……〕

 二つ目。東方地域オリエンス南東部を治めるインゼル=ハーフェン公の娘の、結婚式出席依頼。

 イオンにも、是非とも出席してもらいたいらしい。

「――断る」

〔……言うと思った〕

 これは彼に出席してもらうことで権威付けするのが目的の依頼だ。

 インゼル公は権威や威光をよく利用し、圧政にさも大義があるように見せかける人物だ。

「インゼル公は正直、限界まで来ている。その内、討たれるぞ?」

〔んん? つまり、人間の中に出現した〝魔王〟扱いか?〕

 胡乱な表情で尋ねるジェスターに「そう」とイオンが答える。

 魔王は普通、魔族の王を指す。だが、人間でも度の過ぎた圧政や政治的腐敗など、利己的な理由で人々に苦しみを与え、喰いものにする者も、魔王と呼ばれる。

 そして、魔王と呼ばれた者は、最終的には――

〔勇者か英雄、もしくは我慢出来なくなった民衆の暴走に討たれるな〕

「そうなる。特に勇者と英雄は〝魔王〟と判断すれば、嫌でも討ちに征きたくなる。そういう使命に縛られているからな。だから、俺なんかを結婚式に呼ぶ前にそれを悔い改めろと」

〔なんだ? 祝辞の代わりか?〕

 ジェスターが笑いながら尋ねると、イオンが大真面目な顔で「そう」と答えた。

〔わかった。ま、俺から見てもあの腐れ領主はやり過ぎだからな。腐り方も考えろって〕

「お前はもうちょっと真面目に生きた方がいいと思うぞ?」

 イオンが忠告するように言うと、ジェスターは〔くくく……〕と、含み笑いをした。

〔ま。前二件は断るとは思っていたから良いけどな。問題は三つめ……〕

 魔水晶に映るジェスターの顔が、やや曇る。

「どうした?」

〔これは、依頼というより、依頼のために会いたいという申し出だ〕

「ギルドは仲介させないと? 俺へ直接依頼か? 誰だ?」

〔それが、西方地域シーファンの冒険者組合ギルドを通じた、東方地域オリエンス組合ギルドへの依頼でな? 依頼主は訳あって直接会うまで素性を明かせないんだとよ〕

「きな臭いな、それは」

 個人か団体か分からないが、何かありそうな依頼だ。

「――保留にする。再三依頼が来たら、会うだけ会ってみる」

〔まぁ、妥当だな〕

 これが〝世界の危機を救って欲しい〟という依頼であれば、大々的に冒険者へ依頼をかけるだろう。そうでない辺り、多分、何かの尻拭いだ。正直、関わらない方がいいくらいだ。

 とはいえ、内密に依頼する尻拭いは、とんでもない揉めトラブルの元だったりする場合もある。

 どういう依頼だったのか、確認しておいた方が良いだろう。

「ご足労になって悪いんだが……その依頼主、軽くでいいから調べてくれないか?」

〔お? 俺への依頼か? 高いぞ? 高いぞぉ〜?〕

「報酬は、お前が務めていた神殿の、神への捧げ物の神酒を飲んだ罪の弁護」

 淡々と語るイオンに〔うげぇ!!〕と、ジェスターが呻いた。

〔わーったよ。やるよ。やればいいんだろー〕

 ジェスターは面倒臭そうな返事をする。が、すぐさまニヤリと笑った。

〔ま。大した調べ物じゃないけどな。別に、報酬は要らないぜー。じゃあ〕

 ジェスターはさり気なく一言付け加え、魔水晶から消えた――再び映った。

〔――あ、そうだ。一つ言い忘れてたわ〕

「なんだ? また?」

〔お前にしちゃ珍しい、超美人の女中を雇っているな。エルフっぽい女〕

「ノーチェがどうした?」

〔いやあ。どういう風の吹き回しかと。どっかの奴隷商で身請けでもしたのか?〕

「——は?」

 ついうっかりイオンは声を上げてしまってから「違う」と否定する。

「女中だ。完全に女中」

〔はぁ? お前なぁ。エルフなんて誇り高いから、人間なんかの下で仕事したりはしないぜ? なのに、大人しく女中してるのは、奴隷商で身請けされた奴くらいなもんだ〕

「は? 何を言っているんだ、ジェスター」

 なるべくしらを切るが、旗色が悪い。凄くニヤニヤしている。完全にからかう気満々だ。

〔……でぇ、お前は一目惚れで勢い余って買っちまったと〕

「前金の銀貨三枚で、雇用契約だよ!」

〔ほー。銀貨三枚で身請けしたのかー。なるほどなるほど〕

「俺には無口で無愛想だし、彼女はただひたすら仕事をこなしてるだけだ。残念だが、お前が予想しているような状況になっていないし、その予定もない」

 半ば逆ギレの様相で、イオンが言い切った。

〔ほー。そうかそうか。わかった〕

 ジェスターが心底愉快そうに笑う。堪えてないし、絶対に誤解している。

〔まぁ、いいや。果報は寝て待ってな。じゃあなー〕

 今度は本当に魔水晶から姿が消えた。

「相変わらずだな……ホント」

 ジェスター辺りに見られたら絶対に冷やかされると思ったが、やっぱりそうだった。

 あまりに予想通りだったので、イオンはがっくりと項垂れた。


「……話は終わりました?」

 炭焼き小屋の側まで、薬草茶ハーブティーと栗のクッキーを持ってノーチェが入った。

 会話と一緒に薪を割り終わったイオンが「終わった」と返事をした。

「もしかして、冒険者のとき、仲間パーティーだった方ですか?」

 ノーチェが尋ねると、意外にも素直に「そう」とイオンが答えた。

「冒険者だったことは、隠さないのですね」

 クッキーを片手にイオンが「まぁ、ね……」と相槌を打つ。

「どんな冒険をしていたのかしら?」

「ん……どんなって」

 珍しく踏み込んで尋ねるノーチェに、イオンが茶を口にして考える。

「熱血正義感バカで、目に入る気に入らないものに、突撃していたかなぁ」

 遠い日の思い出みたいな口調になって、イオンが答える。

「じゃあ、どうして前線を退いたのですか?」

「どこでも突撃する元気がなくなったのと、色々疲れた、というところかな」

 窯の中へ薪をくべながら、どこか自嘲気味な様子でイオンが答えた。

「じゃあ……」

 と、ノーチェが口を開き掛け、黙る。

「ん? どうしたの?」

「……なんでもないです」

 お盆を持ったまま、ノーチェはその場を下がった。


◇ ◇ ◇


「半隠遁の冒険者か……」

 炭焼き窯の火の管理を引き継いだノーチェが、一人呟く。

 冒険者として、元気がなくなった、疲れた、という言葉に、嘘はないように感じた。

 それに、イオンのあの口ぶりだと、完全に自身のことを話してはいないだろう。

「気にしても仕方ないわね」

 そうぼやきつつも、彼女はどうしてもイオンの事情が気になる。

「あの人こと、今の生活以上はよく分からない」

 とはいえ、彼が彼女に私情を言う必要は全くない。それはノーチェも分かっている。

「私も自分のことを言わないから、おあいこなんだけど」

 ノーチェ自身に起こったことは、正直ろくでもない。

「やめよう。思い出すと、気分が悪くなるわ」

 ノーチェが自分に言い聞かせる。

「それにしても……無口で、無愛想、か」

 魔水晶で会話していたイオンと司祭の男との会話の一部を思い出す。

 立ち聞きするつもりはなかったが、お茶を持って行った時に、少し、聞こえてしまった。

「無愛想に黙って仕事をするだけの女か……駄目ね」

 そもそも自分は銀貨三枚の安売りエルフだ。何の気兼ねなく手を出せるはずだ。

 それが何もなかった理由が、よくわかった。

 確かに自分で言うのも何だが、無愛想だ。

 魔力があった頃など、魔術のことしか考えてなかったから余計にだろう。

 百年、自分に男っ気がなかったのも、ついでに察しがついた。

 炭焼きの釜の中に、薪を投げつけたくなるのを我慢する。

「なんだか……駄目ね」


 ガタン、とノーチェの後ろから戸を開く音が響き、慌て入り口の方を振り向く。

 イオンだ。追加の薪を持って小屋に入ってきた。

「ノーチェ。もういいよ。外の煙が少なくなってきたから。後は俺が見るよ」

 手に抱えた薪を小屋の隅にどさりと置いて、イオンは椅子代わりの丸太の上に座る。

 ノーチェは呆然と立ったまま、彼の後ろ姿を見ていた。

 そんな彼女の様子に気付いたイオンが振り返った。

「——ん? どうかしたの?」

 声を掛けられてもすぐに反応せずにいたノーチェだったが、しかめた顔で口を開く。

「もしかして、私のこと嫌い、ですか?」

「………………はぁ!? いや、嫌いじゃないけど……なにを急に」

「銀貨三枚の安売りで、無口で無愛想な、胡散臭いエルフ……」

「あ……」

 ノーチェの言葉に、イオンが顔を青くさせた。

「もしかして……話、聞いてた?」

 ノーチェは黙っていたが、ややあって「少しだけ……」と呟いた。

「立ち聞きするつもりはなかったのだけど。でも、私に愛想がないのは、確かにそうです……黙って女中仕事するくらいしか、能がないですよね、私」

 半ば自虐的にノーチェが呟くと、イオンは目を泳がせる。

 そわそわと落ち着かない様子を見せていたが、少ししてから俯いた。

「ごめん……」

 あまりに沈んだ声で、ノーチェが彼の顔を見る——俯いていて表情が見えない。

「ごめん。あの、無神経だった。知り合いに冷やかされたからって、余計なことを言って……そんなつもりはなかったで、済む話じゃないよね。本当に、その、謝らせてほしい」

 イオンが顔を上げた。いつもと違って、覇気のない、沈んだ表情だ。

「その、君が居てくれて良かったし、こないだいなくなって、凄く落ち込んで、これからどうしようかと思ったんだ。だから、お願いだから、これからもここにいてくれないか?」

 真摯な表情で言う、その言葉に、ノーチェは落ち着かなくなった。

 これはまるで——なんだろう? 

 いなくなって、というのがよく分からないが、とにかく落ち着かない。

 何か言わないと。そう考えて、必死に言葉を考える。

「その、出て行く予定は別に、ない……のですが。えっと、つまり、無口で無愛想でも、特に、嫌いじゃない。そういうこと、ですよね?」

 ノーチェは自分でもよく分からないまま話しているが、一応、内容は気になる点だ。

「あ、うん……。嫌いじゃないというか。ほら、えっと……。ああ、そう! 無口で無愛想は、それは調子に乗り過ぎて! 完全な俺の失言で! ……あの、ごめん」

「あ……では、その。まったく問題はないというか……。あ、私もちょっと捻くれていたというか、大人げなかったです。ごめんなさい」

 互いに謝り合戦をして、それから、二人揃って静かになった。

 沈黙から数秒後。ノーチェが口を開く。

「あの」

「な、なに?」

「お茶に、しません?」

「そ、そうだね。じゃあ俺、とっとと炭焼いちゃって……。ああ〜。直ぐに焼けないんだ〜。いや〜。どうしようか〜。じゃなくて、もうここでお茶しようか〜。ははは……」

 ノーチェが尋ね、イオンがおかしな調子で答えた。

 そうして二人して何だかよく分からない間に、お茶をすることになった。

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