魔神降臨

「ふん。ふん。ふふん」


 ちょろちょろと尻尾が揺れる。焔を纏う蛇の尾だ。長い茶髪が火の粉に炙られる。だが、そんなことは些細な事である。立ち上がったその姿は、少女を象っていた。


「なぁに? なぁに? あれなぁに?」


 爆心地はここからでも見えた。衝撃波が肌を震わせた。


「はる。はる、どこ?」


 なにかの骨を投げ捨てる。黒い獣が空中でキャッチした。犬のような、ただその体躯は二メートルにも匹敵する。そんな黒獣が数十体。少女に向かって頭を垂れる。群れのボスたる少女は大きく翼を広げた。

 魔神フルフュールと、彼女が従える黒獣軍団。







「抜き足、差し足――――爆震脚ッ!!」


 黒い体液が飛び散った。恐竜と争っている間にボアを監視していた獣ども。αの捕捉した範囲内はこれで全滅だ。ボアはシャドーボクシングで身体をほぐす。


「案外しょぼかったな! まだまだ暴れたりねえぜ!」

『調子も戻ってきたようだね、あやか。魔法と身体の使い方も封印前と遜色ないよ』

「ん。そういえば記憶もだいぶはっきりしてきたな。俺様ってそんな奴だったのか!」

『それは今も大して変わらないよ………』


 派手にドリフトしながら滑り込む装甲車両。合流してきたチームの先輩方に、ボアは敬礼した。


「お疲れ様です! 恐竜はやっつけました!」

「マジかよ……」


 リーダーが代表して頭を抱えた。激闘の一部始終は彼らも観察していた。彼女の実力がずば抜けているのは、もう疑いようがなかった。


「悪ぃが新人、まだ戦えるか? 悪魔どもの動きが活発になってきやがった。魔神が本格的に動き出したようだ」

「悪魔?」

「……お嬢ちゃんが散々踏み砕いてきた黒獣どもよ」


 オカマが瞼を揉んだ。ここまで苦戦を強いられてきた相手を雑に蹴散らされて、自分たちの存在意義を見失いかけている。


「俺様もようやく温まってきたとこだし、まだまだいけるぜ!!」

「だろうな……」


 根暗な兄ちゃんが溜息を零した。だが、楽勝ムードには程遠い。雲行きは怪しく、天を見上げれば暗雲が立ち込めていた。


「あれ、台風か?」

『自然現象なら、そんな急に台風は来ないよ。だからこれは、人為的な現象だ』

「アレが魔神だ。奴は天候すら自由に操る」


 豪雨。

 嫌な感覚に押し出されて全員が散開した。装甲車両に落ちる落雷。逃走手段が黒焦げになる。


「撤退だ。各自本部に帰還せよ」

『あやか、囲まれている』


 装甲車両に近付いたボアが周囲を見渡す。黒獣軍団が取り囲む。フォローに入ろうとした先輩親父を手で制した。


「……やるってんだな?」

「おう、俺様がやる」


 暗雲を見上げる後輩少女に、親父は包みを投げ渡した。チョコバーのような、手軽に栄養補給できる糧食だった。


「カロリー補給しておけ。悪魔は俺たちで減らしておくさ」

「へ、無茶して死ぬなよ?」

「お互い様だ、キカン坊!」


 雷鳴が轟く。飛び掛かってきた黒獣を足蹴にしながらボアはカロリーバーを咀嚼した。


『この天候で彼らがまともに戦えると思うのかい?』

「俺様も頑張れば天気くらい変えられるさ」


 黒焦げになった装甲車両を放り投げ、ボアが不敵に笑った。


「リロード!」


 構えた拳の上に落ちる質量。それを破壊するのではなく、拳に乗せて。


「ねえ――――今から晴れるよッ!!」


 打ち上げた。

 鋼鉄の塊が空気摩擦で燃え尽きる。マッハでぶち抜いた衝撃波が暗雲を霧散させた。太陽の光が燦々さんさんと降り注ぐ。光の中、ボアの視線は天に立つ魔神に注がれる。


「思い出した思い出した。そういや色んな奴と戦ってきたっけ」

『なにしろ惑星丸ごと敵に回したからね。本当にあの時の君は痛快至極だったよ』


 100憶年前、その怪物は嬉々として戦場を闊歩していた。


「トンデモ科学兵器も愉快だったけど、やっぱり魂が巡っている奴らが楽しいや。英雄ヒロイックその相棒デッドロックには本気でやられると思ったし、時間止めるのジョーカーとか石にしてくるゲヘナとか色物能力もわくわくした。泡吹いているだけデザイアとか勢いだけスパートとかやる気ないのデスウォッチみたいな微妙な奴らもいたっけ……」


 何かを得るための戦いではなく、戦いそのものを快楽として。

 そんな危険人物だから惑星全土を敵に回した。


「そういや、俺様のクローントロイメライ熱心なファンメルヒェンの食い下がりは凄かったなあ。途中で邪魔してきた女神アリスに封印されなきゃ、アイツらが俺様を倒していた可能性もあったのか……」


 しみじみと回想する。口元がだらしなく歪み、口の端からは唾液がぼたぼた落ちる。


「よお!」

「消す? 焼く? 齧る? 潰す? 千切る?

 なんでもいい、死ぬまえに、きめて」

「俺様、昔は魔神なんて呼ばれていたんだぜ? で、お前は?」

「魔神フルフュール」


 天と地で、魔神と魔神が睨みあう。

 お互いに好戦的で、珍しい玩具を見つけたような無邪気な表情。

 魔神フルフュールが獲物目掛けて直下する。ボアは拳を握りなおした。


「はる。はりはり。さあ、やろう」

「いいぜ! わくわくするね!」

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