vsユリウス・ベッジ

 恐竜。

 ボアの世界でも、太古の時代で世界を席巻していた種族。200億年か300億年前とかだったか、とにかく伝説上の生き物だった。


「新入りぃ! ぼさっとすんなッッ!!」


 ドスの利いたオカマの声がボアの背を押した。


「駄目だ、追いつかれる。俺様が行くよ」


 いっそ、凄惨なほどの笑みを浮かべてボアが飛び出した。野太い怒声が聞こえたがおかまいなし。ボアは力強く拳を握った。


「リロードインパクト!」


 砲弾のように放たれた一撃は、しかし強靱な鱗と強烈な突進に弾き飛ばされた。恐竜はしばらく直進するが、ゆっくりと減速し始めた。その姿が少しずつ縮んでいく。


「なにか轢いたな。いやはや、この感覚は全く慣れない……」


 白衣の男が頭をぼさぼさ掻きむしる。

 痩身で無精髭、やや長めの髪を後ろで結っている姿はだらしなく見える。

その柔和な表情からは、とてもじゃないがさっきの恐竜と結びつかない。


「は! まさに出会い頭ってか!」


 白衣の男が振り返った先。轢き飛ばされた少女が頭を瓦礫の山から引っこ抜いた。骨が覗くほどの傷はまたたくまに塞がっていく。


「驚いた。この気配、次元パズルの持ち主か」

『へえ、関係者なんだ』


 答えたのは周囲に散開したαだった。モニターをそれぞれの角度から向け、白衣の男を観察している。


「ああ、関係者だとも。僕はジャミロに頼まれて次元パズルを探している。仲間になってくれないようなら強引に奪い取るけど、かまわないね?」

「構う」


 当たり前のようにボアが言った。当たり前だった。


「……一人でそんなもの持っていてもしょうがないだろうに。そんなに僕らと組むのが嫌かい?」

「だって恐竜じゃん」

「君は恐竜差別主義者かなにか?」

「だって――――」


 その言葉を追いかけて、ボアは加速した。ロードの魔法。拳を握って前へ。


「恐竜って大体悪い奴だろ!? だからぶちのめす!!」

「偏見がひどい……」


 痩身の男にまともなバイタリティがあるとは思えない。だがしかし、鱗がびっしりと覆われた男の手は、化物少女の拳を受け止めていた。


「リロード!」

「太古の力は凄まじい」

「リロード!」

「この力は、この物質は脅威そのものだ」

「リロード!」

「こんな風に、なッ!」


 膨れ上がった拳撃が、それ以上の暴力にねじ伏せられる。アスファルトを粉砕しながら地中に埋まるボア。


「リロードリロードリペア!!」

「しつこいな……」


 封印の六芒星が、鮮血に反射してぎらりと光る。立ち塞がる巨体、太古の恐竜の姿。裂けた口、全身の鱗、そして。


デッドデッドデストラクト!!」

「ぬぅぅん!!」


 鱗が拳を弾く。だが、今度は恐竜の身体が押し戻された。全運動エネルギーを押しつけて滞空するボアが見たのは、巨大なあぎと


「やば――――ッ」


 ザシュ。

 肉が裂ける音。骨が砕ける音。恐竜の口から頭を出しただけのボアが、自分の胴体が咀嚼される感触を味わう。


「不味い」


 ぺっ、と吐き捨てられた。

 リペア魔法で傷を復元したボアが青筋を立たせながら恐竜を見上げた。浴びた鮮血を、全身の鱗が吸収している。ボアの魔法は血液も増幅させるので全く無問題だが、絵面が不気味極まりない。


「にゃろ……これならどうだ!! リロードリロードロード!!」


 消えた。

 恐竜の目にその加速は捉えられなかった。加速。超加速。音が遅れてやってくる。瓦礫が所々で木っ端微塵に吹き飛んだ。音速機動で撹乱する気だ。そして、速度が高めた運動エネルギーを拳から叩きつけんと。


「インパクトキャノ――――んんぅッ!!?」


 喰われた。

 器用に首だけ回して肘から先を噛み千切られた。その口先を蹴ってボアが方向転換する。


「リロードリロードリロードリペア!!」


 当たり前のように生えてくる腕。


『あやか、ピット器官だ。あいつはで世界を見ている熱量を上げた状態での撹乱は現実的ではないよ。どうやら反射速度も大幅に上がっているようだ』

「ひゅぅ! やるね!」

「全く……無邪気なものだ。がどれだけ危険なのか、よく分かっただろう。僕はこいつを破壊するためにジャミロと組んでいる」


 恐竜の姿では取り出しようもなかったが、彼の言う物質とは、とある遺跡から発掘されたオーパーツだった。その物質が、研究職だった彼に恐竜の力を授けた。元々戦うタイプですらなかった彼が、これほどの暴力を振り回す。


『その物質、僕らの星の科学力なら解析可能だと思うよ』

「……本当か?」


 予想外のところから声が降ってきた。確かに、周囲に滞空するモニターどもは高い科学力を感じさせる。


「引き抜きなら応じるけど、その分根拠をはっきりと示してほしい」

『本当にその物質さえ破壊できればいいんだね。その様子だと、ジャミロとやらも完全破壊の算段が付いていないんじゃないかい?』


 果たして、どうだったのだろうか。恐竜の表情からは感情を読み取れない。


『今さら惑星マギアを制圧するのも割に合わない気がするけど、君が戦力として加わってくれるのならば可能だろう。そうしたら物質の概念抹消機構を再機動させればいい』

「耳障りの良い言葉ばかり並べていやしないかい……?」

「てか、回りくどすぎるだろ。今ここで壊せばいいじゃん」


 なんか雑談の空気になって、ボアが恐竜の鼻先にちょこんと座った。研究職肌の野郎どものまどろっこしい会話に頭ハテナである。


「お嬢ちゃん、それが出来たら苦労はしないんだよ」

『あやか、本当にやるのかい?』


 対して、反応は二分にされた。異形のボアを知っているか、そうでないかの差。


「……頭がイカれてやがるのかコイツラ…………」

「まあまあおっちゃん! 困ってるんだろ? 俺様に任せろって」


 元気良く飛び降りたボアがストレッチを始める。


、出すよ。アレやると戦いどころじゃないから、戦闘じゃ使いもんになんねえーんだよ」


 そう言って、ボアが距離を取る。姿勢を変える。今にも走り出しそうなクラウチングスタートの姿勢。


「試算は?」

『ツァーリ・ボンバクラス、で通じるかな?』

「ああ。確かにそれぐらいの威力があるならば試す価値も――」

『――の爆撃で傷一つつかない、全権機動魔導巨兵マギウスを一撃で原子崩壊させた。それがあの子のだ』

「――――は?」


 リロードリロードリロードリロードリロードリロード。

 とても元気な声が響いてくる。


『実戦じゃ全く使い物にならないけど』

「………そりゃまた、どうしてだ。本当にそんな馬鹿げた威力があるのならば、戦略兵器として申し分ないだろうに」


 リロードリロードリロードリロードリロードリロード。

 めっちゃ元気な声が響いてくる。


『まず一つ、溜めが長すぎる。

 あらゆるものを増幅させる彼女の魔法でも、その漸近線を限界突破させるには相当の時間がいるのさ。その間は無防備、まともに味方がいない彼女が使うには、それ専用の作戦が必要だ。今僕が時間を稼いでいるみたいにね』


 リロードリロードリロードリロードリロードリロード。

 聞き捨てならない言葉が、元気な声に押しのけられる。


『そして、威力があまりにも大きすぎる。

 うまく制御しないと宇宙そのものに甚大な被害を与えかねない。彼女が万全に集中できる環境が必要なのさ。見た通り熱しやすい性格をしているから、一度戦線離脱させる必要がある。

 それに、攻撃対象が強靭な耐久力を有していることも大事だ。原子崩壊させた後に余った運動エネルギーは全て周囲に散ってしまうからね。被害を考えると撃てる相手も限られている』


 リロードリロードリロードリロードリロードリロード。

 漆黒の道がボアを包む。幾重にも重なったロード魔法。それらが螺旋のように束ねられて恐竜の目前へと。


『だからまあ――――威力は保証するよ』


 そう言い残して、αは全力で戦場から離脱した。

 に燃える少女が顔を上げた。めっさ笑顔だ。自信満々である。


「はは――――――――こいつはすごいや」


 恐竜、ユリウス・ベッジ博士は投げやりに笑った。



「音 速 弾 丸


 マ ッ ハ キ ャ ノ ン ――――――――ッッ!!!!」



 音と、光が消し飛んだ。恐竜と原因物質はまとめて蒸発し、余ったエネルギーが小規模な爆発を生んだ。全身が砕けながらも再生を続ける少女が爆心地に倒れる。






『案外、被害は少ないみたいだ。これは重畳――――それだけあの物質が頑強だったってことか』


 αはその周囲をモニターに映し、分析する。


『とんでもないな、異世界。僕は心配だよ。君は無茶をすれば大抵のことは成し遂げられるけど、それでも僕は心配だよ』


 大丈夫、とでも言いたげに。再生を続ける少女が右手でグーサインを作った。


『あやか、僕らは観察されている。を感じる。早くここから離脱した方がいい』


 少女が、笑った。

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