vs 敷島ツムギ

 能力――――暴力にもなりうる力。

 比類無き超人的な力を、の二文字のために使う。そんな信念を胸に宿した者がいた。学園都市アケメネスの郊外。のどかな田園地帯の一画で、事件は起きた。


――――キャン!

「キロ!?」


 子犬が線路に飛び出し、飼い主であろう少年がその後を追う。カンカンカン。甲高い音が響く。


「ああっ、子どもが線路の中に入ったぞ!」

「危ない! 電車が!」


 唐突に幕開く悲劇に、誰もが絶望した。飛び出した少年がようやく危機に気付く。だが、もう、何もかもが遅い。


「任せて!」


 しかし、悲劇を見過ごせない者がいた。迫り来る鉄の脅威に対抗するには、あまりにも頼りない少女だ。小柄なツインテール少女。白を基調とした、なんとまだ学生ではないか。

 両腕を広げ、力強く腰を落とす。誰もが、肉塊の数が増える未来しか見えていない。それでも、少女の朱い瞳は違う未来を見据えていた。


「強化――――ッ!!」


 衝突。

 少女の異様な怪力が破壊を押さえ込む。だが、圧倒的な運動エネルギーに後退る。止めきれない。それでも、前へ。


「リロード!」


 力強い声が耳を叩いた。叱咤されるような感覚で、少女はさらに力を増す。やがて、轟音を上げて電車は停止した。少年も、無事だ。


「ボーイ。犬にはちゃんと首輪とリードを付けてなきゃな」

「今度こんなことをしたら、お尻ペンペンだよ!」


 悲劇を食い止めた英雄少女が、二人。軋むダメージをおくびにも出さず、強がって笑う。


「ご……ごめんよ」

「ようしいい子だ!」


 後から飛び込んできた、猛禽類のような目つきの少女がにっかりと笑った。そして、二人して拳をぶつける。この数秒間に、言い尽くせないドラマがあった。


「さすがは能力者だ――――っ!」

「すげえ! 傷ひとつねえんだからな――――っ」

「素敵――――っ!」


 周囲から喝采が上がる。英雄少女は揃って、照れくさそうにはにかんだ。


「あたし、敷島ツムギ! 助けてくれてありがとうね」

「おう! ツムギと戦えて俺様も楽しかったぜ!」


 ガッチリと固い握手を交わす。熱い友情劇に、拍手喝采だ。


「ね、デリーマンって呼んでいい?」

「いいぜ!」

『よくないよ。120億年前に流行った超伝説的アニメを、君たちはどうして知っているんだい? まだ生まれてすらないでしょ』


 笑いが生まれる。ほのぼのした光景だった。


『(電車の中、かなりひどい惨状になってる気がするけど……黙っておいた方がいいかな)』







 正義を志す少女同士、すぐに意気投合した。


「へえ、あやかちゃんは別の次元から来たんだ!」

「そうそう! 100億年も封印されちゃって、たまったもんじゃねえぜ!」


 和やかに談笑する。外見年齢が同じなためか、余計に気が合うようだ。


「ツムギは人助けがしたいんだろ? 俺様は英雄になりたいんだ!」

「うん! 今は次元パズルってものを探してるんだ!」

「へえー! 俺様の心臓に同化しているのも同じ名前だっけなあ!」


 二人でお手々を繋いでぐるぐる回る。


「なんでも、それを集めないと大変なんだって! 誰かが持ってたらすぐにでも奪い取らないとって」

「俺様も次元パズルって奴を集めたら自由に次元移動が出来るようになるのかな。全ての世界で暴れて英雄になってやるぜ!」

「「あははははははは!!!!」」


 楽しそうに笑いながら、お互いに距離を取る。αが、二人を取り囲むように拡散した。そして、十分離れて二人が見つめ合う。

 同時に言った。


「「コイツ! 敵だあああああああ――――ッ!!??」」







 ツムギは気付く。咄嗟に離れてしまったが、近付かなければ攻撃出来ない。身体強化。それが彼女の異能であり、ただそれだけのものだからだ。


「行くよ――」


 力強く大地を踏みしめ、かそ「行くぜ!」

 目の前に、足があった。誰の足か。あやかと名乗った少女の蹴り以外にありえない。横っ面に衝撃を受け、派手にぶっ飛ばされる。足から着地し、構えは崩さない。


「悪ぃな。俺様、近付かないと攻撃出来ねえからよ!」

「⋯⋯気が合うね」


 ツムギは血の混じった唾を吐き捨てる。口の中を切ってしまっただけだ。ほとんどダメージはない。その姿を見て、ボアが不敵に笑った。人差し指をくいくいと曲げる。


「ほら、来なよ」

「ヒッタイト!」


 ツムギの手から大剣が伸びた。形なき、エネルギーの刃。初めて見る装備に、ボアの表情が崩れる。振り下ろされる刃を、身を開いて回避、しかし、斬撃の余波が肉体を浮かした。


「⋯⋯やるな」

「そっちこそ。丸腰相手に悪いけど、本気で行かせてもらうよ!」

「リロード!」


 大剣と拳がぶつかる。想像以上の衝撃に、ボアがよろめいた。


「さらに、強化ぁ!!」

「ロード!」


 縦横無尽の斬撃を、ボアの足捌きが回避する。手元に潜り込む。刃の長さが縮んだ。間合いの内側に潜ったボアを追撃する。


「リロード、ショット!」


 辛うじて大剣ヒッタイトの刃を弾く。拳に赤い線が走っていた。バックステップを追うように、ヒッタイトの刃が伸びる。


「リロード!」

「潰れちゃえ!」

「キャノン!」


 振り下ろした刃が真上に弾かれた。虚を突かれた少女の視界が暗転する。両目に掌底を打ち込まれたことに気付いたのは、倒れたあと。


「まっず!」


 ハンマーのように拳を振り下ろすボア。ツムギは寝返りを打って回避。ボアの蹴り。ツムギが両腕で抱え込む。さらに強化。掴んだ右足首を捻り折る。


「させっか!」


 ボアが回った。ツムギの捻りに合わせた回転が、拘束を解く。着地からノータイムで一撃。


「リロード!」

「強化!」


 拳と拳がぶつかり合う。全身の悲鳴を抑え込み、ツムギがさらに強化を上乗せる。ボアの蹴りが関節を狙うが、まとめて捻じ伏せられる。


「リペア!」


 だが、大地に亀裂を入れながら叩きつけられた少女は、怯まなかった。跳ね起きてのカウンター。今度はツムギが弾き飛ばされる。


「リロード!」


 ボアの追撃。迎え撃つツムギの拳。今度はツムギが力負けしてぶっ飛ばされる。


「どこまで、強く――――?」


 雄叫びを上げる少女が、自分と同じような能力であることは気付いていた。異能と魔法。異なる性質でも、効果は同じ。だが、その出力があまりにも違う。


「あん? 俺様はだぜ!」


 ドヤ顔のボアが大地を踏み砕く。加速の構え。ツムギは大剣ヒッタイトを構えた。


(限界が、ないの⋯⋯⋯⋯? なら、あたしじゃどうしても抑えられない。だったら――――上乗せ前に倒すしかない)


 覚悟を決める。呼吸を整える。ボアが身をバネのように跳ばす直前、ツムギは全力で右に飛んだ。


「――おりょ⋯⋯?」


 突進するボアがすっぽ抜ける。ツムギは、全身全霊で以てヒッタイトを振った。


「メガトン! ホームラン――ッ!!」


 ボアの拳が、ヒッタイトの刃に食い破られる。


「リペア。リロード」


 だが、ボアは止まらない。避けた拳が再生する。エネルギーの刃を食い破りながら、殴打の嵐が迫る。


「リロード。リペア。リロード」


 ヒッタイトが砕かれた。ボアの傷が再生する。ぎょろりと、その双眸がツムギを射抜く。深淵を抱き込む、封印の六芒星。


「ま、ぁ――――だああああああ!!!!」


 飲まれそうになる自我を無理矢理繋ぎ止め、砕かれたヒッタイトに力を込める。最大全長二十メートル。その脅威を、怪力を、真正面からボアに叩きつけた。


「リロードッ!!」


 少女の気丈な挑戦に、執念の怪物は吠えた。



デッドデッドデストラクト――――ッ!!」



 白。景色が飛んだ。

 ツムギは、数秒後に意識を取り戻した。尻餅を着いた状態で、動きを止めている。呆けた顔のすぐ横。ボアの拳が置かれていた。

 恐る恐る、ゆっくりと。ツムギは後ろを振り返った。放射線状に、破壊が広がっていた。大地が抉れ、山が消し飛び、風景にぽっかりと穴が空いてしまったような。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ま、参った」


 辛うじて、それだけを絞り出す。


「へへ、俺様の勝ち!」


 怪物少女は、無邪気に笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る