vs シンイチロウ・ミブ(前)
「二度漬けは厳禁だよ、あやかちゃん」
「え、そなの?」
山一つ消し飛ばした戦いの後、少女二人は仲良くランチタイムに突入していた。負けを認めたツムギは、次元パズルから手を引くらしい。元々、『人の助けになるから』という理由だけで戦っていた少女だ。敗北した以上、次元パズルに拘る動機はない。
「――じゃあ、本当に行くんだね」
「おう! 俺様はやるぜ。やってやるぜ」
二人の話題の中心となっているのは、学園都市アケメネスが誇るトップランカー。学園都市でも七人しかいないランクS Sの序列第一位。彼は元々、別の世界から転生してきた
「聞いてるだけで、すげえ奴だってビンビン伝わってくるぜ!」
目をキラキラさせて、ボアがにっかりと笑った。
「そうなのそうなの! 強くて優しくて素敵な殿方――――憧れちゃう!」
ツムギが恋する乙女の顔でうっとりと頬を綻ばせる。ボアも若干照れたようにはにかんだ。噂だけでも好感度が鰻登りだ。
『あれ、世界滅ぼしたんじゃなかったっけ? 悪い奴だよ、あやか。どうしてそんなにわくわくしているのさ』
「楽しみだぜ!」
まるで、遠足の前日に興奮して眠れない子供のよう。だが、αも、彼のデータベースにも、それほどまでにボアの感情が昂っている記録は稀である。
『まあ、君がそう言うのなら。それほどの相手なのだろうね』
うようよと踊ってかわいさアピールをするα。ボアはそれに全く反応しない。少女二人が、うっとりと頬を染める。
その光景。αの回路に一抹の不安電子が流れた。
♪
「さあ、勝負だ――――シンイチロウ・ミブ!!」
この世界の主人公を殴り倒して、自分が主人公に返り咲く。そんな雑な行動指針は、ぶつけられた方は堪ったものではない。しかし、シンイチロウは冷静だった。
「来たか。一目見た時から、中々良いなと思っていた」
スーツに似た黒色の服装で統一した男。光の灯らない瞳で灰色に映る世界を見る。太腿のホルスターから、拳銃を抜きもしない。出会い頭のボアのジャブを、蹴りで弾き飛ばしていた。
「いいから。バトルパートとか面倒臭え⋯⋯。いいからさっさとオレに傅け。どうせお前もオレを敬うんだから」
投げやりに吐き捨てる男は、ボアのジャブを弾き続ける。ボアの顔がはっと輝いた。大きく後ろに下がる。
『そうか⋯⋯⋯⋯コイツは』
αが学園都市のデータバンクにクラッキングし、男の情報を抜き取る。
『〝ハーレムメーカー(真)〟! 異世界の人間を問答無用に惚れさせる性質。だが、そんなまやかしはあやかには通じないよ』
猛禽類のような目つきで、ボアが獰猛に敵を見定める。涎が垂れ、瞳孔が揺れ、封印の六芒星が霞んだ。かつてない集中力だ。後ろで見守るαは、六つのモニターで器用にしたり顔を表現する。
「シンイチロウ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯様」
αのモニターが、浮力を失って墜落する。
「シンイチロウ様しゅきしゅきしゅきしゅきいいいいいい――――ッッ!!!!」
即落ちだった。
そして、激しい愛情表現だった。
♪
「シンイチロウしゃまぁ⋯⋯」
一つのドリンクを、それぞれのストローを咥えて飲むアレ。異なる次元から邂逅した男女は、おデートタイムに突入していた。薄着に猫耳カチューシャを装備させられたボアは、照れ臭そうに口元を綻ばせる。
「やはり、オレが見込んだとおりだ」
強調された胸部を見ながら、学園都市人気ナンバーワンの男は言った。中々のものをお持ちである。おモチである。テーブルの下で露出した生足に指を滑らした。くすぐったそうに身を捩りながら、物欲しそうな顔で見上げてくる(見た目は)女子中学生。
「美味いもん寄越せ、良い女を寄越せ、オレを認めてオレを崇めろ」
シンイチロウが指を鳴らす。十つ星レストランのシェフが、腕によりをかけたスイーツを持ってきた。スプーンは一つ。カップル恒例の『あーん』である。
「シンイチロウ様! 次はどこに行きましょうか!」
「そうだな⋯⋯どこに行きたい?」
この後、二人は学園都市の賑やかな街並みを堪能した。
ゲームセンターにも行った。二人でダーツもした。遊園地に行った。二人っきりの観覧車で語らった。太陽が地平線に落ちるのを、海岸線で眺めた。毎日起こる風景も、二人っきりなら新鮮だ。
そして、夜。
「シンイチロウ様!」
「おう、待たせたな」
五百星ホテルの地上百階にあるスイートルーム。ロイヤルキングオブキングサイズのベッドで、半裸のボアが待っていた。シャワーを浴びたばかりのシンイチロウは、ベッドの端によじ登る。
「豪奢が過ぎるのも考えものだ。このベッド、真ん中に行くまで何メートルあるんだ?」
「俺様、待ってるぜ!」
ふかふかが極まりすぎて、うまく移動出来ない。ベッドの真ん中のボアに到着するまで、数分の刻を要した。男の細身の腕が、少女を抱き締める。ボアは幸せの絶頂にありながら、感涙の声を上げた。
「こんな日が、来るなんて⋯⋯⋯⋯ね。俺様は封印された百億年ずぅぅと独りぼっちだったから、こんな風に誰かと愛し合えるなんて夢のまた夢だったぜ――」
「百億年⋯⋯⋯⋯?」
シンイチロウが、ボアを突き飛ばした。呆気に取られた少女が見たのは、男の侮蔑の表情。
「え、あれ⋯⋯シンイチロウ、様⋯⋯⋯⋯?」
「百億年封印されていただとぉ!? ババアじゃねえか! ババア!! 年増は趣味じゃねえんだよッ!! さっさと消えろババア――!!」
手を伸ばすボアを、シンイチロウの異能が突き飛ばす。哀れな化け物は、地上百階の高さから墜落していった。
♪
安さとお手軽さがウリの喫茶店。女学生ご用達のお洒落なカフェで、ストローを咥えたツムギは遠い目をしている。
(なんでわたし、こんなことしてるんだろ⋯⋯⋯⋯)
『――確かにあやかはお年頃の少女さ!』
『意外と寂しがり屋なのも僕らは知っている!』
『けど! けどさ! まだそういうのは早いんじゃないかな!?』
『それに! それに! あやかには僕らがいるじゃないか!』
六つのモニターがうようよ蠢きながらなんか言っている。頭が痛くなるような合成音声に付き合ってあげるのは、彼女がお人好しだからに過ぎない。
「恋する権利は女の子にとって物凄く大事なの。それを奪って縛っちゃうのは、あやかちゃんにとってよくないよ」
『そんなの分かってるさ』『けど、僕らはあやかのことを思って』『あのひょろっちいのがお相手なんて認められない』『物事には時期というものがあるよ』
「⋯⋯男の嫉妬は、みっともないよ」
モニターが、一斉に黙った。若干啜り泣くような声が聞こえるのは気のせいだろう。気のせいにしておいた方が、きっと幸せだ。
「それにあのシンイチロウ様とお付き合い出来るなんて、とてもすごいことなんだよ。あんな立派な相手はそうそういないって」
ズルズルと音を上げながら、ツムギはストローを啜る。ツムギも同じ女の子だ。素直に『いいなぁ』とか思っちゃったりしないこともない。
と、突然。振動が二人を襲った。
「地震⋯⋯?」
『あやかだッ!!』
何を根拠にか、αが飛び出した。仕方なしに、ツムギは会計を済まして後を追う。外に、クレーターが出来ていた。
「え――本当にあやかちゃん⋯⋯?」
全身血塗れの少女が、クレーターの底で蹲っていた。あの後も何回か地上百階のスイートルームまでクライミングしていたようだが、その度に叩き落とされてついに力尽きてしまったらしい。
「え、ええ!? 傷だらけだよ! 手当てしないと!」
『あやか、あやか。魔法を使うんだ。ほら、『リ』で始まるやつだよ』
「――――――――――嫌だ」
化物少女が浮かべる昏い笑みが、空気を凍らせる。
「シンイチロウ様がつけてくれた傷だ! 俺様とシンイチロウ様の絆なんだ!」
ぐへぐへ笑うボアは、意外と大丈夫そうだった。
「でも⋯⋯⋯⋯このままじゃ、シンイチロウ様は振り向いてくれない」
ドン引きながらも、ツムギが困り顔で包帯を巻いてくれる。
「今生の輪廻ではダメなんだ!」
『難しい言葉を知っているね』
「だから!」
「あ、あやかちゃん⋯⋯ちょっとじっとしてて」
じっとしていられない。優しくツムギを振り払うと、ボアが腹の底から雄叫びを上げる。
「シンイチロウ様を殺してッ! 俺様も死ぬッ!
――――あの世で結ばれるんだッ!!」
猛烈な勢いで飛び出していったボアを、αのモニターが慌てて追った。転がった包帯を巻き直し、ツムギは空を見上げる。
「世の中、色んな人がいるんだなあ⋯⋯」
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