黒沢さんはハッピーエンドを許さない。

悠々自適 / 文月 幽

一話かつ最終話

「あら、あなた、今日もそんなハッピーエンドもの読んでるの?」


「ダメ? っていうか、結末言わないでほしいんだけど」


「ええ、ダメよ。というわけで、これは没収させてもらうわね」


「は? おい、ふざけんな!」


「あなたも学習しないわね。私の前でこんなもの読んだらこうなるのはわかっているでしょう?」


「知らなかったんだよ。ってか、どっからどう見てもバッドエンドだろ、それ、タイトル的に!」


「タイトル通り、とってもハッピーな終わり方だったわよ。二人共お花畑の中で集合っていう、ね。ほんと、作者の頭の中もお花畑なんでしょうね」


「……、いや、それメリバだろ」


「? 何? その奇妙な単語は。とうとう頭でもおかしくなったの?」


「メリバっていうのは、メリーバッドエンドの略称だよ。メリーバッドエンドっていうのは、視点によってハッピーエンドなのかバッドエンドなのかが変わってくるタイプのエンディング形式のこと」


「? 何を言っているのかよくわからないわね。ハッピーエンドはハッピーエンド、バッドエンドはバッドエンドでしょう? どこから誰が見ようと、変わりはしないわ」


「例えば、心中とかだ。たぶん、この本もそういう感じだろうな。心中エンドっていうのは代表的なメリバの一つで、主人公たち的には、さっきお前が言ってたようにハッピーエンドなんだけど、主人公たち以外の人達と読者的には、二人とも死んじゃうわけだから、バッドエンドなんだよ。こういう、形式の物語をメリーバッドエンドっていうんだ。覚えとけよ。というわけで、ハッピーエンドものじゃなかったんだから、それ返せよ」


「そうね、新しいことを一つ学んだわ。でも、これ、誰も死なないわよ?」


「はあ? 『お花畑で結ばれて』、だろ? このまま順調に駆け落ちして死んで終わりなんだろ?」


「いえ、このまま認められてお花畑で結婚式を挙げるっていう話よ」


「ああ、もういいや、読む気失せた。図書館にでも寄贈するか、古本屋にでも売っちゃってくれ」


「はいはい、了解よ」


「っていうか、お前、嫌い嫌い言うくせに、読むんだな」


「ええ、当たり前でしょう? 自分が読んだわけでもないのに、批判なんてできるわけないじゃない」


「へー、それはえらいな」


「? 人間として当然のことだと思うけれど」


「まあ、普通はそうだよな。でも、結構多いぜ、そういう当たり前ができないやつ」


「そう? 私の身近にはいないけれど」


「そりゃ幸いだったな。……。そういや、なんでお前はハッピーエンドが嫌いなんだ?」


「あら、言ってなかったかしら?」


「ああ。毎度毎度、取られてるだけだからな」


「ふふ、それは可哀そうだったわね。……。ハッピーエンドものって、吐き気がするのよ。ほんと、気持ち悪いわ。全部うまくいって終わり、なんて」


「そうかぁ? 俺は嫌いじゃないけどな。いかにも創作物って感じがして」


「あなたすごいわね」


「まあ、ハッピーエンドって、創作物の中だけでもないけどな」


「そうね。私たちも、何の犠牲もなくこうして付き合っているわけだし」


「ああ、そうだな」


「好きよ」


「知ってる。俺も」


「でも、やっぱり、気持ち悪いような気もしなくもないわね」


「そっか。まあ、そうだよな。お前なら」


「え? ちょっ、待っ、殺っ……きっ、きゃぁぁ……(ガクリ)」


「まあ、こういうのだよ。メリバっていうのは」

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