四
生きる者はみな、その身に
死ぬと、魂は
地域によって言語や表現はさまざまでも、魂というものを実際に見たことがあるかどうか、ということとは関係なく、死ねば
誰もが、いつかは死ぬ。しかし、なにかで魂魄の均衡が崩れることにより、魂だけが遊離状態になる場合がある、ともいわれていた。学者たちに、霊体と呼ばれている状態のものだ。
そして、とりわけ強い
死霊はたとえ肉体が土に帰しても、死んだ場所をさまよったり、親しい者のそばに寄り添うものらしい。はからずも、その存在自体が病や不幸を呼び寄せ、長く留まれば、親しい者を殺して
死霊に限らず、アダムはそういった霊体の類について、肯定も否定も、これまで特別な考えは抱いていなかった。
アダムの耳には、他者には聞こえない
生への未練。自分にはあるだろうか、とアダムは思った。
孟王城の跡地で捕らえた術師の男の名は、プルノ・クスパといった。
暗くて
結局、プルノの手は頭上で、城塔の壁に設置されていた
はじめに名を
なんにせよ、きつく責めたてる訊問のような真似をせずに済んだことは、憂鬱だったアダムの心のどこかを、わずかばかり救っていた。
「それで、この孟王城の跡地に来る前、
「俺は助言をする立場として、
言って、プルノは笑ったようだった。細かな表情までは見てとれない。口調は荒く、術師と知らなければ山賊の下っ端のような印象である。
すぐれた術師が王の相談役になるのは、珍しいことではなかった。術師は知識を蓄え、見識を深めているものだ。術の行使のためとはいえ、その副産物として得られる知識というものは広い分野におよび、
「用済みになったと言ったな。それは炳王が目的を果たした、という意味にもとれるが」
「炳王だけじゃねえ。炳都そのものが、重い
「炳都が、西域の
「策について口添えはしたけどよ、それについては結局のところ、双方の利害の一致だな。俺がいなくても手段が見つかりさえすれば、いずれは踏み切っていただろうよ」
「炳都は軍馬を欲しがり、蕘皙国は農地を欲しがっていたらしいな」
「おい、そこまで知ってるのかよ。意外というか、驚きだな」
双方の動機については、西域で酋長ザルフィから聞いたことだった。
ザルフィからは、術師は
呪誓というのは結局のところ、立てた誓いを破らせないだけの充分な拘束力があればいいのだ。この男なら、そのために念術師のふりをして、呪誓術の真似をしてみせることくらい、平気でやってしまうに違いない。
しかしアダムには、まだわからないことがあった。
「上層部による利害の一致、それは私にもわかる。だがそれだけでは、孟王城がやられた理由というものがはっきりと見えてこない。耕作に適した土地なら、もっと西域との国境付近にもないわけじゃないしな。実際のところは、ほかにもなにか絡んでいるんじゃないのか?」
「えらく察しがいいんだな。だけどよ、そんなこと知ってどうすんだ。
「この孟王城が選ばれ、襲撃された。そして城が落とされて地方の土地が侵されているにも関わらず、炳都はなにもしない。その理由を知ることが、いま私のやるべきことだ」
「なるほど、そういうことか」
「なにがだ」
「生きてるって噂の孟国の王女、ルネル・グゼイブのために動いているというのは、旦那のことだな」
「だとしたら?」
「べつに。王女を一度見たことがあるが、
「私は、なにか下心があって動いてるわけじゃない」
「ほんとかよ。ますますもったいねえな、そりゃ」
「そんなことはいい。訊いたことに答えるんだ、プルノ」
「そう、むきになるなよ。孟王城が襲撃されたのも、利害の一致ってやつさ」
「というと」
「孟王は頑固者で、決して意見を曲げない男だった。徴税やら新たな寺院の建設やらで炳都からなにか要請しても、原理神教の教義を笠に正論を吐いて、まったく動こうとしない。炳都にとっては、なにかしようとするたびに壁になる、ずっと邪魔な存在だったってわけだ。俺は知らんが、もうひとつ先代の孟王もよく似た人物だったみたいだな」
「しかし炳都にとっても、原理神教の教義は絶対的なものなんじゃないのか?」
「表向きはな。でもそれがすべてじゃねえ。よくわからんが、解釈の違いってのもあるだろうよ。炳都の大寺院の高僧まで、この件に絡んでるくらいだしよ。それだけ孟王は頑固で、融通が利かない男だったわけだ。まあ、よくいえば模範的な
政事に利用される宗教というのは、見渡せばあちこちの土地にあった。それがきっかけとなる戦も、決して少なくない。原理神教も、例に漏れずそうだったということなのか。
それにしても、プルノは
横からの風が髪を揺らす。雲の流れはあるが、雲間を抜けてくる月光はかなり明るく感じられた。顔を覗かせている月は、ほとんど満月に近いようだ。
蒼白い光に照らし出されて、いつの間にかプルノの
「つまり、孟王が邪魔だったから、この地を隣国に売った?」
「まあ、そういうこったな。孟王は頑固な分、周辺の豪族からの信頼が
「そんなことで、領地を売ったのか」
「重要かどうかは、炳王が決めることさ。直接手を汚さずに、欲しいものが手に入るんだからよ。だけど、城が落ちればそれで済むってことでもなかった。孟王の血筋であるグゼイブ王家が生き残れば、周辺の豪族たちの力添えもあって、必ず息を吹き返す、と見られていたんでな」
やるからには、グゼイブ王家の一族郎党すべてを
確かに、アダムが訪ね歩いた豪族たちは
「プルノ。あんたに、もうひとつ訊きたいことがある。エフレム・ヴィクノールという、孟国の
「ああ。やつの処分が甘く、流刑になったのは想定外だったろうな。炳都というより、どちらかというと西域の駱駝部隊にとっては」
「やはり、エフレムの件にも関わっていたのか」
「炳都までその名を知られるほどの弓術の達人だぜ、エフレムというやつは。西域の羊飼いどもでは、到底相手にならない。これから城を攻めようっていう蕘皙国の邪魔になることは、はじめから眼に見えていた」
「それで謀略を?」
「まずは孟王の従臣の一人が寝返るよう、炳都の隠術師が接触した。孟王の一族が滅びたあとは、炳都で然るべき地位を与える、とかいう
「孟王城周辺の地図を盗み出したのも、炳都の隠術師の手によるものか」
「まあな。だが宝物庫の地図を盗み出すよう、提案したのはその孟王の従臣だ。石頭の孟王は、王女にすら宝物庫に近づかせなかったらしいし、エフレムが処断されるだけの材料を揃えるために、ずいぶんと苦労したようだぜ」
ルネルに宝物庫の鍵を開けさせる。そのために亡き王妃の
「エフレムが、いまも生きていると思うか?」
「知らんね。どこの島に流されたのかも、知ったことじゃない」
言って、プルノが笑った。
乾いた笑い声が闇に
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