最終話 ……だって の巻

「忘れもんないか?」


「気ぃ付けて帰るんやで」


 翌早朝、居酒屋の玄関先までハマやん……と、今日も朝から呑みに来ている常連のおばさんがヒロキを見送りに来ていた。


「うん、大丈夫。……えっと。皆さん、お世話になりました」


 そう言って、丁寧にお辞儀をした。挨拶を済ませて引き戸を開いたところで、店の奥から父・大輔が遅れてやってきた。


「もう到着するって。今電話あったわ」


「うん」


 父と一緒に店の外に出ると、目の前を一羽のスズメが横切っていった。羽ばたき、飛び去った商店街の出口に、一人の女性が立っていた。大輔から連絡を受け、ヒロキを迎えに来た母だった。


「ほれ」


「……うん」


 ヒロキは深く頷くと、ゆっくりと母のもとへ歩いていった。


「…………お母さん」


 見つめ合い、そして、強烈な平手がヒロキの頬を打った。


「おい!」


 思わず声が出た大輔を「ええねん!」とヒロキ自身が遮った。


「……心配、かけなや」


 母の声は震えていた。


「うん。……ごめんなさい」


 母はヒロキの頭を優しく撫でると、父と視線を合わせた。


「……迷惑やなかった?」


「いや。……ヒロキ、大きなったな」


「もう、来年は中学生やで」


「そうかあ。離れてると、あっちゅう間やなぁ」


「せやろ。……ほな、たまにはヒロキと遊んだってくれる? 私、ゲームのことよう分からへんから」


「……そうやな。もうちょっとだけ、ヒロキが子供の間はそれもええかもしれへんな」


「じゃあ、またね」


「おう」


 父は商店街へ。母はヒロキのもとへ。それぞれの居るべき場所へと戻っていく。


「ほな帰ろか、お母さん」


 ずっと母の後ろを歩いていたヒロキが、今日からは母の前を歩いていく。


 少年の、傍から見れば小さな旅はこうして終わった。


※ ※ ※


「は~、この三学期終わったら中学かあ~。勉強めっちゃ大変そう……」


 冬休みの明けた、いつもの教室。あまり成績の良くない健太は始業式から早くも憂鬱そうだ。


「けど、ホンマに大変なんは高校受験がある三年生やて言うよ」


「うえ~、やめろや~」


 拓海の追い打ち補足に、健太は大袈裟に机に突っ伏した。


「あ~、もうアカン。いつもみたいにゲームの話しようぜゲームの! そうやヒロキ、お前さすがにもうポケモンYクリアしたんか?」


 尋ねられたヒロキは、笑って首を左右に振った。


「おいおいおい! 遅すぎるってホンマ!」


「お母さんと相談して、家でゲームするのは宿題終わった後に一日一時間だけって決めてん」


「マッジメやな~おい!」


「あと……」


 ヒロキは、ちょっと嬉しそうに言った。


「お父さんがこれからX買うって言うから、俺もゆっくり遊んで、追いついてくるの待とかなって」


「ええね、家族で遊ぶの。そうや、今日またウチ来うへん? 兄ちゃん、はよ帰ってくるって言うてたし」


「オッケー! こないだまたボコボコにされたしな! 今日こそ和己兄ちゃんにリベンジしたるで! なあ、ヒロキも行こうぜ!」


「うん、ええよ」


 三人は椅子から立ち上がり、教室の出口へと向かう。その時、先頭を歩くヒロキのランドセルにぶら下がったものが、窓に映る夕陽に反射して光った。


「ヒロキ、それなんや? ……カモネギのキーホルダー?」


「うん」


「カモネギて。めっちゃ弱いやつやんけ。なんでそんなん付けてんねん」


「……だって」


 ヒロキは笑って答えた。


「カモネギ、かわいいやろ」



-おしまい-

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