第13話 いいのだよ~ の巻
「うち、永井あいり。今年からこっちの大学に通うために大阪に出てきてるんだ。よろしくね」
自宅までの道すがら、カモネギのお姉さんが自己紹介をする。
「あっ、うん。俺……ボクは中村……」
「そんなかしこまらなくってもいいよ~、中村ヒロキくん!」
「えっ」
「さっきの手紙に書いてあったよ、名前」
「ああ……」
「で! ヒロキはどうしてうちに声かけたの? 他にもいっぱい人いたでしょ?」
急な呼び捨てにヒロキは驚いた。やたらに人懐っこいというか、年上なのに距離の詰め方がまるで同級生だ。
「……それ」
ヒロキは、あいりのトートバッグで揺れているカモネギのキーホルダーを指差した。
「あ~、ヒロキもポケモン好きなんだ! うちも子供の頃よく遊んだなあ」
「カモネギ、好きなんですか?」
「うん!」
「弱いのに」
「あ~、出た! 男子の最強絶対主義! まったく、どうしてキミたちはいつも価値基準が強いか弱いかしかないかね~? カモネギはね、可愛いから好きなの!」
「かわ……えっ、かわいいですか? あれ?」
「しっつれいな、可愛いでしょ! あと美味しそう」
「えぇ~……」
「いやまあ、物には色んな見方があるってことだよ、うん」
言われてみれば、ぬいぐるみをはじめとしたポケモンセンターのグッズは、どちらかと言えばカッコいいよりも可愛いものが多かった。つまり「可愛い」には「強い」に負けない……いや、もしかしたらそれ以上の価値があるということなのかもしれない。そんな気付きとは無関係に、つい鴨鍋を頭に浮かべてしまったせいでヒロキの腹が鳴った。
「お腹空いたよね~。うちも腹ペコだよ~。でも、もうちょっと歩くからね。だってさ~、梅田で家借りようとしたらすっごい高いんだもん。うちみたいなビンボー学生は一駅くらい離れないと住めないよ~もう~。でもさあ、一人暮らしって楽しいよ~。夜中にポテチ食べても誰にも怒られないし! いいよねポテチ!」
なんだか、大人なのか子供なのかよく分からない人だなぁと、ヒロキはおかしくて笑ってしまう。梅田から離れて、すっかり人通りの無くなった暗い夜道をふたりで歩いた。
「あっ! そこのスーパー寄るね! 晩御飯の材料買わないとだ~」
「えっ、ごはん自分で作ってるんですか?」
思わず出てしまったその言葉に、あいりはわざとらしくむくれてみせた。
「……キミ、うちのことを一体どういう目で見てるのかね? ん~?」
「いや、あの」
「ん~~~~~?」
前のめりに顔を近づけてくるあいりに、ヒロキはちょっと照れくさくなって目をそらした。
「よーし、では帰ったらうちの特製手料理を食わせてしんぜよう。楽しみにしてたもれ」
※ ※ ※
「ここの2階だよ」
スーパーから徒歩3分程の場所にあいりのアパートはあった。2階建て、築20年ほどだろうか。ヒロキは想像していたよりは立派だと思ったが、口にすると怒られそうだからやめた。
「大家さんに見つかるとマズいから、静かに行こう」
抜き足差し足でコンクリの階段を上がる。あいりは一番奥の扉を音を立てないようにゆっくりと開き、壁のスイッチで部屋の灯りを点けた。玄関のすぐ脇に炊事場とバス・トイレがあり、その先には壁に沿ってテレビと本棚、ハンガーラックにミニ冷蔵庫が並んでおり、部屋の中央には折りたたみ式の丸テーブルが置かれている。小さなワンルームだが、背の低い家具で揃えられているためか、それほど狭さは感じない。
「たっだいま~!」
あいりは帽子とジャンパーを脱ぐと、部屋の隅に畳んでおいた布団にボフンと腰掛けた。早くも自宅のくつろぎモードである。
「ほら、遠慮しないで座って座って!」
「あ、はい。お邪魔します……」
ヒロキもリュックを下ろして、テーブルの前に正座した。
「よっし! ごはん作るぞぉ!」
立ち上がって宣言したあいりに「なにか手伝います」と声をかけようとしたヒロキだったが、彼女がスーパーの買い物袋から取り出したカップラーメンを見て真顔になった。
「……とくせいてりょうりとは?」
「なはは、うちが作るんだからうちの手料理だよ!」
「……アレは?」
ヒロキは、炊事場に埃を被ったカレールーの箱が放置されているのを目ざとく見つけた。
「さっ……最初の頃はちゃんと自炊してたんだよ~」
「…………」
「信じて~!」
※ ※ ※
「できたよ~!」
丸テーブルの上に、3分待ったカレー味のカップラーメンと、ペットボトルから注いだお茶の入ったコップが二人分、並べられた。毎日、手の込んだ母上の手料理が振る舞われる中村家ではとても考えられないインスタントな献立である。
「はいっ、いただきますっ!」
「い、いただきます……」
割り箸をパキンと割って、カレーが飛び散らないように麺を慎重に口へ運ぶ。ルーを纏った熱いヌードルが、するりと喉を下りていく。
「!」
空腹は何にも勝る調味料である。今のヒロキにとって、その安上がりなラーメンは本来の何倍も美味しく感じられた。箸が、カップと口とをせわしなく往復する。
「ぬふふ、うまかろうよヒロキくんよ」
「んー!」
口いっぱいに麺を頬張りながら、目を輝かせて返事をした。しかし、悲しいかな所詮はカップ麺。その量は食べざかりの男子小学生がとても満足できるものではなかった。あっという間に麺を食べ尽くしたカップをヒロキは悲しく見つめ、最後にスープを飲み干そうとした、その時。
「ちょっと待たれよ~!」
呼び止めたあいりは、なぜか不敵な笑みを浮かべていた。何か悪いことをする時の顔だ。
「ふっふっふ……今日はお客様がいるからフルコースだよ」
あいりの後ろ手から現れたのは、2分レンチンするだけで食べられるという、インスタント極まる白飯が2人前。
「ここに~! こうします!」
あな、おそろしや。なんとそこにカレーヌードルの残り汁をぶっかけたではないか。これをカレーと呼ぼうものならインド入国禁止は免れないだろう。
「さ~ら~に~!」
続いてスーパーの袋から取り出したるは、スナック菓子の定番・ポテトチップスうすしお味。それを左右から両手で掴むと、いきなり激しく揉み砕いた。バキバキと中のポテチが割れる音が聞こえてくる。
「よし、もういいかなっ」
袋を開け、中のポテチをひとつまみしてヒロキに見せた。
「これを~……こうっ!」
小さく砕かれたポテチが、ひらひらとカレーの上に降り積もる。
「えっ、えっ、いいの!? そんなんしていいの!?」
「ふふん! 本場のインドでは、なんかこういうサクサクしたやつを乗せるんだよ。そう、本場ではね!!」
もしかしてパパドのことを言っているのだろうか。とにかく、栄養など無視したひどくジャンキーな食べ物である。もしヒロキが家で作ったとしたら絶対にお母さんから怒られるだろう。だからこそ、彼にとってはその背徳感がたまらなかった。
「うっそ! こんなんしてええの!? うっそ!」
「いいのだよ~。それが一人暮らしだからね!」
「うわ~うわ~! いただきまっす!!」
-つづく-
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