第11話 ほな、交換しよか の巻
「ポケモンセンターは13階か」
百貨店の大きな扉をくぐると、2基のエレベーターの前に出た。こちらは裏口に当たるらしく、どちらも14階までの直通である。
(いっぺん14階まで行って、ひとつ降りたらええんか)
乗り込むと、エレベーターはヒロキの貸切状態で動き始めた。奥はガラス張りになっており、ヒロキは両手を貼り付けて外を見た。
「うわ、たっか……」
地上の景色がどんどん遠ざかっていく。JR大阪駅の屋根が一望できる高さまで来ると、そこが14階だった。
天ぷら、そば、しゃぶしゃぶにうどん……立ち並ぶ飲食店を横目に見ながら、角をひとつ曲がったところにあるエスカレーターを下ると、すぐにポケモンセンターが見えた。
「~っ!」
壁一面、天井近くまで積み上げられたポケモンたちのぬいぐるみ。棚いっぱいに吊り下げられた大量のポケモンカードパック。その他、文具に食器に衣類に食品……もはやここで生活できるのではないかと思える程のポケモングッズで埋め尽くされた空間に、ヒロキは言葉を失った。
(すごい……すごい!)
内心の興奮を抑えきれず、つい頬が緩んでしまう。店の敷地はエスカレーターの裏側にまで続いており、そこにはポケモンのアーケードゲーム筐体や、ポケモンカードで対戦ができるスペース「ポケモンカードステーション」が用意されていた。そして……。
「ゼルネアス……! イベルタル……!」
ぐるりと回り込んだ正面入口に鎮座していたのは、XYのパッケージに描かれている伝説ポケモンたちの巨大像であった。その威容を目の当たりにして、ヒロキは自分も早くゲットしたい……そして、今度こそ父と一緒にポケモンを遊びたいと思った。
「そうや、何かお土産買っていったら、お父さん喜ぶかな」
売り場を改めて見て回る。やはり最新作であるXYのポケモングッズが多い。しかし、ヒロキはまだほとんどプレイできていないので、目に付くのは昔のポケモンたちだ。
「あっ、これええな」
手にとったのは、小さなヒトカゲの人形が付いたキーホルダー。ヒトカゲといえば、「ヒロキ」と名付けて父と交換したポケモンである。父のパーティーにいるのはまず間違いないだろう。いいものを見つけたと、レジへ持っていく。
「580円になります」
ヒロキは財布を開き、ジャラジャラと音を立てながらレジの受け皿に小銭を並べた。
「プレゼントですか?」
「えっ。……はい!」
「それでは、包んでおきますね」
レジのお姉さんから受け取ったキーホルダーには、可愛らしいピンクの包装がされていた。それを入れるピカチュウ柄の黄色いビニール袋もまた、ヒロキを特別な買い物をした気分にさせてくれた。
※ ※ ※
(お父さん、喜んでくれるかな。はよ一緒にポケモンしたいな)
そこまで考えて、ヒロキはふと不安になった。あれだけゲームが好きな父である。当然、ポケモン最新作も発売日に購入してやり込んでいるだろう。もしかしたら、もうクリアしているかもしれない。それに対して、カセットをずっと母に取り上げられていた自分の進行具合はあまりにも遅い。いざポケモン交換という時に、既に父がゲットしているポケモンしか持っていかったらどうしよう。このままではいけない、そう思ったヒロキは近くの壁にもたれかかり、リュックの中からニンテンドー3DSを取り出した。
「ちょっとだけ、進めとこかな」
※ ※ ※
「なあ、それY?」
唐突にプレイ中のヒロキに話しかけてきたのは、同い年くらいの見知らぬ少年だった。
「えっ? ……うん、Yやけど、何?」
「そっちにシュシュプってポケモンおらへん?」
「シュシュプ……ちょっと待って」
ヒロキは3DSを操作して、捕まえたポケモンたちを収納しているポケモンボックスを開いた。
「……あー、こいつか。7番道路で捕まえてるわ」
「まじで!? そいつ、こっちのXやったら出てこうへんねん! よかったら、うちのペロッパフと交換してくれへん? あ、ペロッパフはX限定やから、そっちでは出えへんで」
「えっ、そうなんや。ほな、交換しよか」
「やった!」
お互いにとって得しかない交換なのだから、断る理由はない。ふたりは3DSを通信させてポケモンを交換した。
「助かったわ~。ありがとうな! ……で、今どのへんまで進んでんの?」
「えっと、これから2番目のジム倒しに行くとこ」
「あ~、あそこなぁ。岩ポケモン使ってくるから、水とか草とか鍛えといた方がええで」
「へえ。じゃあちょっと、この辺でレベル上げとこかな」
「俺もまだ似たようなとこやから、一緒に進めようぜ」
「ええよ」
お互いに相手の名前も知らない。けれど、ポケモンが好きだという、ただ一つの共通点があれば十分だ。旅先の出会いが一人旅の寂しさを紛らわせてくれる。ヒロキは束の間、不安を忘れてゲームに没頭した。
※ ※ ※
「ゆうた、そろそろ帰るでえ」
少し離れたところから聞こえてきたのは、一緒に遊んでいた少年の母親の声だった。どうやら、母が百貨店でショッピングを楽しんでいる間、息子はポケモンセンターで時間潰しをしていたらしい。ヒロキは、まあ、そうだろうなと思った。こんな繁華街に一人で遊びに来る小学生なんて、自分以外にはなかなかいないだろう。
「はあい! ……ほな、俺は帰るわ。じゃーな!」
「うん、バイバイ」
ヒロキは少年に手を振り、また一人に戻った。遊んでいたポケモンを終了させて3DSのホーム画面に戻ると、現在の時刻が表示されていた。15時半。つい夢中になって遊びすぎた。さすがにそろそろミナミへ向かわなければ……と意気込んだ瞬間、割と派手にお腹の虫が鳴いた。
「そういえば、今日なんも食べてへん……」
腹が減ってはなんとやら。とにかく何か口にしないことには、まだ先の長い道中を完走できないだろう。幸い、ここは梅田である。食べる場所には困らない……はずだ。
-つづく-
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