第8話 旅パやな の巻

「ポケモンだいぶ進んだやろ。そろそろ対戦しようぜ」


「オッケー」


「ええよ」


 ヒロキを除く三人は各々3DSを取り出し、慣れた様子でポケモンバトルを始めた。ひとりゲームボーイアドバンスを手にしたヒロキだけが、時代に取り残されていた。


「はあ……」


「そう拗ねんなって。お前にも対戦のやり方教えたるから。な!」


 和己は、目に見えて落ち込んでいるヒロキの肩をがっしりと掴んで慰めた。


「やり方って、タイプ相性のええポケモンで戦えばええだけとちゃうの?」


「ノーノー」


 和己は、わざと大袈裟にかぶりを振って見せた。


「コンピューター相手やったらそれでもええけど、対人戦となればそう簡単にはいかんで。なにしろ、相手も同じこと考えとるんやから。ほれ、ヒロキのデータ見してみ」


 言われるまま、ヒロキがファイアレッドのカセットが入ったゲームボーイアドバンスを手渡すと、和己はそのパーティー構成を「ふんふん、なるほど」としばし眺めてから、きっぱりと言った。


「うん、典型的な旅パやな」


「旅パ?」


「旅のためのパーティー……つまり、対戦用じゃないってこと。これじゃ勝てんわ」


 その言葉にヒロキはムッとした。これでもエンディングまで辿り着いた自慢のパーティーである。それなりに時間をかけて育ててきた自負があった。


「ほな、対戦しようや!」


「まあ、ええけど。つっても、ファイアレッドとXYやと対戦でけへんもんな。えーと、俺のアドバンスどこやったかな……」


 和己は背を向け、机の引き出しをゴソゴソと探り、エメラルドグリーンのゲームボーイアドバンスを取り出した。セレビィグリーン……ポケモンとのコラボ限定色だ。


「あったあった。……よし、ほないっちょ教えたるわ」


 準備が整い、ヒロキと和己が向かい合ってあぐらを掻いた。


「ルールは3対3。そっちのパーティーのレベルはさっき見せてもろたから、まあ、それに近いポケモン使わせてもらうわ」


 バトルが始まる。ヒロキにとって初めての対人戦……さすがに少し緊張する。とはいえ、ポケモンは反射神経を必要としないターン制のゲームである。落ち着いて選択肢を間違えなければ、真っ当に戦えるはずである。ヒロキは一度深呼吸をした。


「うん!」


"ゆけっ! サワムラー!"


 ヒロキの初手は格闘タイプのサワムラー。対して、和己が繰り出したのは。


"ゆけっ! カビゴン!"


(よっしゃ!)


 ヒロキは心の中でガッツポーズを決めた。ノーマルタイプであるカビゴンに対し、サワムラーの格闘タイプ技は効果抜群なのだ。


(ローキックでダメージ2倍! 一匹目もろた!)


"かずみは カビゴンを ひっこめた!"


「えっ!?」


"ゆけっ! ゲンガー!"


"サワムラーのローキック!

あいての ゲンガーには 

こうかがないみたいだ……"


「ゴーストタイプに格闘タイプの技は効かへんで」


「し、知ってるって! それくらい!」


 完全に読まれていた。タイプ相性が良いことに浮かれて、ヒロキが嬉々として格闘技を使ってくるであろうことを見越してのポケモン交代である。いくら「知って」いても、活用できなければその知識に意味はない。


(とにかく、このままサワムラーで戦っててもダメージ与えられへん。こっちもゴーストタイプの技が効かへんノーマルタイプのポケモンに交代して、いったん仕切り直しや)


"サワムラー もどれ!"

"ゆけっ! カビゴン!"


 ヒロキの2匹目はカビゴン。和己と同じチョイスである。


"ゲンガーのきあいだま!"

"こうかは ばつぐんだ!"


「あっ!」


 交代して出てきたばかりのカビゴンが、出会い頭に大ダメージを受けた。


 きあいだま……それは、ゴーストタイプであるゲンガーが習得できる「格闘タイプ」の技である。そして、格闘タイプはノーマルタイプに2倍のダメージを与えられる。


「そら、交代して仕切り直したいと思たら、ゴーストタイプの技が唯一効かへんノーマルタイプやろな」


 またしても読まれていた。この時点で、もはや経験の差は明らかだった。


「よし、ハンデやるわ。俺、次のターンで虫タイプのポケモンに交代するで」


 和己のその余裕の宣言にヒロキはますます苛立った。まだ勝敗は決まっていない。少なくとも、ヒロキはそう考えていた。


「和己兄ちゃん、そんなこと言うてええのん?」


「おう」


"ゲンガー もどれ!"

"ゆけっ! へラクロス!"


 宣言通り虫ポケモンを繰り出した和己に対し、ヒロキは遠慮なく。


"カビゴンの ほのおのパンチ!"

"こうかは ばつぐんだ!"


 虫ポケモンの弱点である炎タイプの技が見事に炸裂し、交代したばかりのへラクロスの体力を凄まじい勢いで削り取った。


「一匹目、もろたで!」


 ヒロキの言葉は普通なら間違いではない。HPバーの減少速度を見れば、そのポケモンが倒れるかどうかは直感的に判断できるからだ。しかし、へラクロスの体力は残りわずか1ドットのところでピタリと急ブレーキがかかった。


"へラクロスは きあいのタスキで もちこたえた!"


「えっ!?」


「きあいのタスキは、体力が満タンの状態からダメージを受けた時、HP1だけ残して持ちこたえてくれる道具や。そして……!」


"へラクロスの きしかいせい!"

"こうかは ばつぐんだ!"


 今度は逆に、ヒロキのカビゴンのHPがみるみるうちに失われていく。しかし当然ながら、こちらは「きあいのタスキ」を装備していない。なんと、あの体力自慢のカビゴンが、あろうことか一撃で沈められてしまった。


(そんなに……!?)


「なあヒロキ。なんぼ弱点突いたから言うても、ダメージがでかすぎると思ってるやろ?」


「……うん」


「『きしかいせい』はな、自分の残りHPが少なければ少ないほど威力が上がる技なんや」


「…………あっ!」


 つまり、ヒロキにわざと弱点を突かせてタスキでギリキリ耐えることで、次のターンで最大威力の「きしかいせい」を放つ作戦だったのだ。


「…………っ」


 道具と技の相乗効果。ヒロキは、これまで「体力が減ったら回復する」や「技の威力が上がる」といった目先の効果だけを見て持たせる道具を決めていた自分の浅はかさを思い知らされた。


"ゆけっ! サワムラー!"

"へラクロスの きしかいせい!"

"サワムラーは たおれた!"


"ゆけっ! ダイスケ!"


 ヒロキの最後の一匹は父の名をもらったフシギダネ……いや、今は進化してフシギバナだ。


「……さて、ヒロキ。うちのへラクロスはスピードを重点的に鍛えとる。このままやと次のターン、先にこっちの『きしかいせい』が当たってゲームセットや。……ま、それじゃあ、おもんないよな」


"へラクロス もどれ!"

"ゆけっ! カビゴン!"


 何を思ったか、和己は確定していた勝利を捨てて再びカビゴンを場に出した。


"ダイスケの タネばくだん!"


 交代の隙にフシギバナの攻撃がヒットする。これだけでも、カビゴンにとっては大きなハンデだ。


「和己兄ちゃん、そんなことしてええの? それで負けても言い訳せんとってや!」


"ダイスケの タネばくだん!"


 またもフシギバナの攻撃が命中する。いかにカビゴンのHPが多いとはいえ、喰らい続ければ致命傷となる。このまま押しきれれば、あるいは……。


"カビゴンの ねむる!"


 直後、カビゴンのHPが一気に満タンに戻った。「ねむる」は2ターンの間、眠って動けなくなる代わりに体力を全快させる技なのだ。


(でも、カビゴンが眠ってる間に攻撃すれば……!)


"ダイスケの タネばくだん!"


 フシギバナの攻撃が立て続けに決まる。


「よし!」


"カビゴンの ねごと!"


「えっ!?」


 眠っているカビゴンから不意に飛んできた反撃がフシギバナを襲った。「ねごと」は「ねむり」状態からのみ出せる特殊な攻撃技であった。


"ダイスケの タネばくだん!"

"カビゴンの ねごと!"

"カビゴンは めをさました!"


"ダイスケの タネばくだん!"

"カビゴンの ねむる!"


 再び、カビゴンのHPが満たされる。絶望のニ文字がヒロキの頭に浮かぶ。そして。


"カビゴンの ねごと!"

"ダイスケは たおれた!"


「……参りました」


 運の要素が入り込む余地のない、完全決着。


「おう。……ヒロキ、イジワルなことしてスマンかったな。けど、ポケモンバトルてホンマに色んなこと考えなあかんていうこと、分かってもらえたやろ?」


 タイプ相性さえ間違えなければ勝てる……そんな甘い考えをこてんぱんに叩きのめされたヒロキは落ち込んだ。


「……あんなん、どうやったら勝てんの?」


「せやな。たとえば、へラクロスのHP1からの『きしかいせい』なら、もし誰かが先制攻撃でける『でんこうせっか』を覚えてたら落とせるわな」


 ヒロキは、あっ!と叫んだ。今まで、ただ攻撃力が低いだけの技だと思ってすぐに忘れさせていた「でんこうせっか」に、そんな使い道があったとは。


「あと、サワムラーが生き残ってたら、2回ヒットする『にどげり』を使えば、一撃しか持ちこたえられへん『きあいのタスキ』も関係なかったやろな。それから、カビゴンも眠ってる間にダメージ2倍の格闘タイプ技で倒せたやろうし、そうやなあ、フシギバナが『なやみのたね』でカビゴンを不眠状態にするいう手もあるか」


 無敵に思えた和己の戦法が、本人の手によってあっという間に瓦解していく。ヒロキのポケモンたちには、勝つためのポテンシャルがあった。それを活かしきれなかったのはプレイヤーの責任だ。


「……なあ、和己兄ちゃん」


「なんや?」


「もっかいやろ!」


 ヒロキは、こうしてポケモンバトルの面白さを知ったのだった。


 そして、また一ヶ月が経ち、待ちかねた冬休みがやってきた。


-つづく-

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