第6話 そこからか の巻

「着いたで」


 徐行する和己のバイクを先頭に我が町へと戻ったヒロキは、まっすぐ自宅へは戻らず、健太と一緒に拓海・和己兄弟の家へとやってきた。ガレージに自転車を停めつつ、赤い屋根の一戸建を見上げた。それは、マンション住まいのヒロキにはちょっとした城のようにも思えた。


「上がりぃや」


 言いつつ、和己が鍵を差し込んで玄関扉を開いて先導する。


「おじゃましまーす」


 拓海と健太が順番に靴を脱いで上がり、ヒロキがしんがりを務めた。玄関に一歩入ると、自宅とは違う、独特な芳香剤の匂いがした。右手にある靴箱の上には水槽が置かれていて、不自然にぶくぶくと太った金魚が、ポンプから湧き出る酸素の周りを漂っていた。


「おじゃまします」


 拓海たちの両親は共働きで、二人ともまだ帰ってくる時間ではない。それは足元に彼らの靴が無いことからも明らかだったが、一応、ヒロキも挨拶をしてから靴を脱いだ。


「上やで」


 和己を先頭に、玄関脇の階段をどかどかと音を立てながら並んで上がっていく。昇った先は左右に分かれており、右手が両親の寝室、左手が兄弟の子供部屋となっていた。子供部屋は和己と拓海の共有ではあったが、アルバイトによって自由にできる金銭が多い分だけ、和己の私物の割合が高くなるのは必然で、本棚に並ぶコミックスは青年誌のものが多く、積み上げられたゲームソフトもR指定が三割ほどを占めていた。ヒロキには、そんな自然と背伸びができる環境もまた羨ましく思えた。


「よっしゃ、やろか」


 和己はPCデスクとセットになった椅子に、拓海はその向かいの二段ベッドの下段に座り、健太とヒロキはそれぞれの間に入ってあぐらをかいて、四人は向き合った。そして、各々が購入したポケモンを袋から取り出してカーペットの上に並べた。


「おれがX、拓海がYで、健太がX、ヒロキがYか。うまいこと分かれたな」


 今やインターネットを通じてポケモン交換ができる時代なので、仮に全員が同じタイトルを選んでいたとしても大きな不都合は無いのだが、数が偏っていないと何故かスッキリするのだった。


「ほな、開けるで」


 和己の言葉に合わせて、一斉にプラスチックのパッケージを力を込めて開くと、中には小さく四角いゲームソフトと簡易操作説明カードが収まっており、あとはチラシが一枚封入されていた。


「最近はみんな電子説明書やから、こういうカードでもあるだけマシやなぁ」


 と、和己が操作説明カードを抜き取り、指でつまんでペラペラと宙を泳がせながら言った。和己はそれをノスタルジーの観点から話したのだが、まだその感情に辿り着かない小学生のヒロキは、純粋に「確かに、電子説明書はゲームを中断しないと読めないから不便だよな」と受け取り、むしろ素直に「今度はローラースケートが使えるんかぁ」等と、それを読みながらゲームへの期待値を高めていた。カードにひとしきり目を通したところで、いよいよゲームソフトをニンテンドー3DSにセットすると、タイトルロゴと伝説ポケモンのシルエットが立体視で浮かび上がった。


(すごい……!)


 思わず目を見張る。立体視やポリゴンで描かれたグラフィックなどは、これまでも他の3DSゲームで既に何度も経験してきたものであったが、ヒロキにとって「ポケモン」はゲームボーイアドバンスという二世代前のハードで認識が止まったままだったため、その急激な進化には驚きを隠せなかった。


”さて…… キミは 男の子?

それとも 女の子 かな?”


 ゲームは、プラターヌ博士に問われて主人公の性別を選択する場面から始まる。ヒロキたち小学生組は自身に合わせて「男の子」を選び、和己だけが「女の子」を選んだ。


「和己兄ちゃん、いっつも女にするよな」


「お前らもな、そのうち分かるようになる」


 続いて、最初のパートナーポケモンを選択する。「ほのおポケモンのフォッコ」「くさポケモンのハリマロン」「みずポケモンのケロマツ」、いわゆる御三家と呼ばれるポケモンたちの中から一匹を選ぶのだ。


「オレはフォッコにしよ!」


「じゃあ、僕はハリマロン」


 健太と拓海が早々に選び終えてしまい、ヒロキは流れで「……ほな、ケロマツで」と決めた。ちなみに、和己はフォッコを選んだ。


”選んだ ポケモンに

ニックネームを つける?”


「別にフォッコでええやろ」


「僕もそのまままで」


(えっ?)


 そのことにヒロキは驚いた。後から無数に捕まえるポケモンたちはともかく、これは相棒となる最初の一匹である。てっきり、みんな名前を付けているものだとばかり思っていたのだ。


「まぁ、アニメでも名前は付けてへんしな。サトシも『いけ、ピカチュウ!』言うとるやろ」


 和己の言葉にハッとした。確かに、言われてみればその通りである。ヒロキは『ファイアレッド』で父と名前を付け合ったポケモンを交換していることがなんだか急に恥ずかしくなってしまって、ケロマツに名前を付けるのをやめた。


※ ※ ※


「ところでヒロキ、フェアリータイプって知ってるか?」


 妙に自慢げに健太が言った。それはX・Yから追加されたポケモンの新タイプだったので、当然ヒロキは知らない知識である。


「フェアリーは、まあ簡単に言うたらドラゴンタイプの天敵やな」


 と、和己がPCのディスプレイに最新のタイプ相性表を映して見せてくれた。ずらりと並んだ18ものタイプが複雑に入り組んだ表は、それ自体がポケモンバトルの奥深さを表していた。その情報量に圧倒されたヒロキは、思わずポカンと口を開けた。


「これはいっぺんには覚えきられへんなぁ。……あっ、ひとつ聞いてもええ?」


 ヒロキが表を見て何かに気付いた。


「なんや? なんでも答えたるで」


 すっかり先輩風を吹かせる健太に、ヒロキが問うたのは。


「この、悪と鋼ってタイプは何? これも新しいやつ?」


「…………そこからか」


「それはな、二作目の『ポケットモンスター金・銀』で追加されたタイプやねん。ヒロキくんの進行具合やとまだ出てきてへんかもしれへんけど、ファイアレッドにもおるんやで」


 呆れる健太の代わりに拓海が補足する。まだ一作目のリメイクであるファイアレッドを始めたばかりのヒロキの知識量が少ないのは仕方のないことであった。


「ちゅうか、実際お前どうすんの? ファイアレッドやってる途中なんやろ?」


 確かに健太の言う通りである。ファイアレッドとY、二本のポケモンを同時進行するというのはあまり現実的ではない。頭は混乱するだろうし、何より、せっかくYを発売日に手に入れて足並み揃えてスタートしたのに、みんなより進行状況が遅れてしまうのも嫌だった。となれば、答えは一つしかない。


「まずはYやな。やっぱ新しいやつで早よ遊びたいし」


「そう言うと思ったわ。よーし、ほなやるでえ! ……あ、そっちでしか出えへんポケモン捕まえたら交換してくれよ!」


「オッケー。そっちもやで」


「ほいほい」


※ ※ ※


「お邪魔しましたあ」


「おう、また遊びに来いよ」


 ひとしきり遊んで拓海の家から出る頃には、すっかり陽が落ちていた。つい夢中になりすぎてしまったようだ。


「ヒロキもまたな! 明日までにどっちが先に進んでるか勝負しようぜ!」


 途中の十字路で健太とも別れ、冷たい夜風に当たりながら、ヒロキも自宅を目指してペダルを回す。砂利道を通ると、前カゴの中でビニール袋に入ったポケモンのパッケージが小刻みに跳ねた。早く帰って続きが遊びたい……ヒロキの頭は、もうそのことでいっぱいだった。


……けれど。


-つづく-

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