第2話
すっかり膨れたお腹が重たい。碧にとってのラーメン一杯は普通の人の大盛りくらいの量がある。キャンパス内の坂がいつもより辛く感じた。構内を巡っているバスでもあればいいのに。そんなアホなことを考えながら、梨咲と店先で別れた碧は図書館へとやって来た。
いつくかの授業で来週辺りに行われる中間試験の準備だ。難しいものではない、と言われているが、試験だと言われるとどうしても力が入る。こっちはこの一年間、ずっと試験を受けるために勉強していたのだ。難しくないと言うなら、簡単に試験などと言ってほしくない。
日当たりの程よい座席を見つけ、碧は席に着いた。窓際に設置された一人学習用の席もあったのだが、人も多くなく、直射日光が当たっていたので、大きなテーブル席の端にした。次の授業まではまだ一時間ほどある。空いている時間を有効活用。存外、碧は要領がいいのだ。
ノートとレジュメを広げ、範囲の内容を纏めていく。カラフルなマーカーペンを使うとノートが綺麗に整理されて気持ちがいい。綺麗にノートを整理することばかりに気を取られ、肝心の内容が頭から抜けないように細心の注意を払って手を進めていく。
しばらくして、テスト勉強の集中から、すっと意識が戻って来た。予鈴を聞き逃していては大変なので、スマホで時間を確認する。あれから四十分ほど集中していたらしい。少し凝った肩をほぐし、あくびを噛み殺す。背中に受けていた日差しはいつの間にか隣の席に流れていた。
「碧?」
声をかけられ、碧は顔を上げた。正面との座席を分ける小さなパーテーション越しに、本を何冊か抱えたショートヘアの女の子がこちらを見つめながら立っていた。
一瞬誰か分からず、碧は小首を傾げる。こんなに可愛らしい知り合いはいただろうか、と戸惑っていると、彼女は「私だよ」と笑いながら耳殻に短い髪をかけた。
「え! 沙耶香?」
思わず声を上げた碧に、「シーッ」と沙耶香は人さし指を唇につけた。咄嗟に手で口を押さえて、碧は恥ずかしげに辺りを見渡す。
「なんで? 髪切ってるやん! いつ? なんで?」
「いっぺんに聞かれても困るなぁ」
「いや、切るにしても限度あるやろ? それ何センチ切ってんの」
「私と碧の身長差くらいは切ったかな」
「いや、もっと切ってるやろ」
胸くらいまであったはずの沙耶香の髪は、ボブとショートの中間くらいの長さになっていてすっかり碧よりも短い。切った本人は平然としているが、その髪型を突然見せられた碧の方が動揺してしまっている。沙耶香は照れて手櫛で髪を梳きながら微笑んだ。
「髪切ったくらいで大袈裟だよ」
「やから限度があるって、友達がいきなりバッサリいったらみんな驚くで」
「確かに会う人みんなに驚かれた」
「そりゃそうやろ」
はぁ、と碧は深い息を漏らした。テスト勉強に集中していた上に、沙耶香に驚かさて、どっと疲れてしまった。昼休み終了十分前の予鈴が館内に響く。切った髪のことを聞きたいが、どうも時間がないらしい。沙耶香は、髪の長い頃の癖で、細い指に巻きつかない髪をずっと絡めていた。
「で? この髪型はどう?」
「驚きはしたけど、似合ってるよ。可愛い」
「そ、ありがと」
変えた髪型が似合っているか、少しは不安だったようだ。碧が素直に褒めれば、沙耶香の頬がぽっと赤くなった。照れて立ち去ろうとする彼女を、碧は急いで追いかける。
「今日この後、一緒に帰るやんな?」
「そのつもりだよ?」
「んじゃ、寄りたいとこあるから付き合って」
「碧からお誘いなんて珍しい」
「そうかな?」
「そうだよ」
本当に賢人の家を尋ねるのか。最後の判断を沙耶香に聞かなくてはいけない。破顔した沙耶香の顔は、短くなった髪のおかげでいつもよりはっきりと見えた気がした。
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