第212話 気付き

 結局、これといったオーガの攻略法が見出せないまま、その日は終わった。


 モーブとサミーにおいては「無理」の一点張りだし、ヨシオも「レベルが低くいので強い魔法を覚えなきゃ無理」と言っていた。


 仲間たちが揃って無理だと言うので、敬太は表面上「そうだね」と諦めた感じを見せていたのだが、心の中では何か手はないかとずっと考えていた。


 夜ご飯を食べている時も、クルルンとお風呂に入っている時も、寝る前も。


 お金の流れを計算し、どれぐらいの魔法なら買えるのかと考えたり、自分のステータスを眺めて何か糸口になるものはないかと考え続けていた。


 何せ、追っ手達がやって来ると言われた期日まで、後10日ぐらいあるのだ。

 せめて、期日までは考え続け、最善を尽くしたい。



 翌朝。


 敬太は中々寝付けなかったので完全に寝不足なのだが、いつも通りの朝がやって来ていた。


 子供達は朝からワクドナルドのハンバーガーにかぶりつき「そっちも美味しそう」だの「一口頂戴」だの言い合い、元気にしている。

 モーブは静かにそれらを眺め、サミーは負けじとポテトを頬張っている。


 食欲がわかなかった敬太だが、少しでも口にしようとコーヒーとカレーパンをテーブルに置いていた。昔ながらの丸いカレーパン。こういうチープでジャンクな物が食べたくなる時だってあるのだ。

 


 そうやって、朝の独特の時間が流れる中、まったりとした気持ちでコーヒを口にしていたのだが、そこでふと、何となく思い付く。


 カレーパンの袋を破らず中身だけを【亜空間庫】にしまえそうだと。


 これは、今までに何回も挑戦した事がある事なのだが【亜空間庫】のルールに反するらしく、一度も成功した事がない事だった。

 卵の殻を割らないと中身を取り出せないように、【亜空間庫】は「触れられない物はしまえない」というルールに縛られているのだ。


 しかし今は、朝の寝惚けた脳みそが「いける」と訴えている。


「【亜空間庫】・・・」


 敬太はつぶやく様に、失敗する気で【亜空間庫】を使ってみた。


 すると驚く事に、カレーパンの袋を破かずに中身のカレーパンだけを【亜空間庫】にしまう事が出来てしまった。


 敬太は独りで息をのむ。


 目の前にはカレーパンが無くなった袋が、膨らんだ状態のまま転がっている。


 手に取ってみると紙風船のようにポフポフとしていて、空気が抜ける事が無く密封状態を保っていた。


「【亜空間庫】・・・」


 そして、その状態の袋に向かってもう一度【亜空間庫】を使ってみた。


 すると、袋の中にカレーパンが現れる。


 初めからそこにあったかのように、何事もなく入っている。

 袋にチカラを入れてみるが、やはり密封状態は保たれたままだった。


 敬太は思わず立ち上がり唖然とする。


 朝ご飯を食べていたみんなは敬太が突然立ち上がった事に驚き、視線を集めてしまったが、今はそれどころではない。


「悪い」

「な、なんすか!」


 次に敬太は、サミーのポテトに付いていた未開封のケチャップを手に取った。


「【亜空間庫】」


 すると、やはり中身のケチャップだけが【亜空間庫】にしまわれ、四角い容器は未開封のまま手の中にあった。


「ちょっと開けてみて」

「えっ?いいっすけど・・・」


 敬太はちょっとした、いたずら心が芽生え、空になっている未開封のケチャップをサミーに渡した。


「なんか、ちょっと軽いっすね・・・あれ?」

「ふふふ・・・」


 当然、開けた容器の中にはケチャップは入ってない。


「【亜空間庫】」


 素早くケチャップを戻す。


「ペロリ・・・これはケチャップっすね」


 突然現れたケチャップに驚きながらも、指に付けて味を確認するサミー。


「これがどうしたんすか?」

「うん、どうやら【亜空間庫】がレベルアップしたみたい」

「はぁ・・・」


 サミーには【亜空間庫】がどういうものなのか詳しく説明した事がないのでポカンとしていたが、敬太の次に詳しいであろうモーブは方眉を上げて驚きの表情をしていた。


「うむ。使えそうか?」

「どうですかね、これから実験して条件を絞り込んでみます」

「うむ。そうか、これはいよいよケイタの言う『チート』に近づいて来たようじゃな」

「だと、いいんですけどね」


 モーブには【亜空間庫】を購入し取得した時から、どうやって運用するのが効果的なのかと良く相談していたので、【亜空間庫】のルールや特性については良く知っていて、敬太が目指す所も知っているのだ。




 【亜空間庫】には、いくつかのルールがあった。


・命あるものはしまえない

・見えてないものはしまえない

・触れられないものはしまえない


 難しくない、簡単なルールだ。

 一般的なコンプライアンスの為にも必要な縛りだろう。


 しかし、先程のカレーパンはどうだろう?


 袋の中にあるカレーパン。

 触れられないものだ。

 

 明らかにルールに反しているのだが【亜空間庫】にしまう事が出来てしまった。


 その上ケチャップはどうだった?

 中身が見えていなかったのにしまえてしまったのだ。


 これは【亜空間庫】のレベルが3から4へと上がっていたので、出来るようになった事なのだろうか?

 体感的には徐々にルールが緩くなっていっている様な気もするが、真相を知る機会はないのかもしれない。


 どちらにせよ、今、壁を越えて、出来なかった事が出来る様になっていた。


 無限の可能性を秘めたルール変更。

 これは大きい。


 これからは、街を歩く人々の財布の中から現金だけを抜く事が出来るだろう。

 コンビニにあるようなATMの中から現金だけを抜き出す事が出来るだろう。

 そして、モンスターの中から中身だけを抜き出す事が出来るだろう。


 分かるだろうか?

 このヤバさが。

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