第106話 ラッシュボア

 ラッシュボアは考え無しなのか、また真っ直ぐに突っ込んできた。敬太はすぐさまスキルの【見切り】を発動させ最小限の動きで突進を躱す。すると、自転車に乗っていて後ろからトラックに抜かされた時に感じる、引き付ける風を作りながら、ラッシュボアの巨体が目の前を通り過ぎて行く。


「【剛打】!」


 しかし、敬太も負けてられない。通り過ぎようとしているラッシュボアの体の横っ面にバスン!と打撃系スキルを使って拳を叩き込む。


「プギー!」


 すると、ラッシュボアは、走っている時に体の軸をずらす程の衝撃が走った為、足をよろめかせ、近くの木に体ごとぶつかって止まった。


 300万円で覚えた打撃系の2番目のスキル【剛打】だったのだが、どうやら一撃で倒すまでには至らなかったようだ。


「いいねえー」


 ラッシュボアの思った以上の耐久力に、敬太は薄笑いを浮かべ、次の手を繰り出した。


「ゴル!」


 背負っていたハードシェルバッグを空中に放り投げながら名前を呼んでやると、それに反応したゴルがバッグから飛び出し地面に着地する。


「危ないから離れてて」

「ニャー」


 ゴルが大きな木の陰に移動するのを見ながら【亜空間庫】を開きノーマルのアイアンゴーレムを3体取り出す。


 だがここで、攻撃の準備をしている途中なのに、ラッシュボアが敬太の声に反応しノソリと起き上がり、懲りずに突進しようと身構え始めてしまった。


「セット!」


 しかし、敬太はそんなラッシュボアには構わず、自分の準備を進めた。右腕で1体のアイアンゴーレムの腕を掴み、掛け声で残り2体のアイアンゴーレムが敬太の足に抱き着いてくる。


「プギー!」

「ゴーさん」


 ラッシュボアが突進をし始めたが、敬太は落ち着いたままゴーさんに指示を出す。すると敬太に触れられていた3体のアイアンゴーレムが溶ける様に崩れ落ち、そこから敬太の体に纏わりつくように伸びてきた。足全体から腰辺りまで、右腕全体を覆い胸の辺りまで。それぞれがプレートアーマーの様な形に変形していた。


「【剛力】」


 もうすでにラッシュボアは眼前に迫り、鋭い牙が手の届く距離にあったが、まだ、身体強化のスキルを使う。


「【連刃】―【剛打】」


 そして、そこから目の前にいるラッシュボアの鼻っ面に、スキルによる高速左右コンビネーションパンチを叩き込んだ。アイアンゴーレムに包み込まれた右の拳、ゴーさんが変形して籠手の様になっている左の拳。それから、それらを放つのに必要な頑丈な土台となる両足もアイアンゴーレムで補われ、余すことなく威力が拳に注がれた。


「プッ・・・」


 結果的にラッシュボアの突進がカウンターとなり、ダメージの上乗せになった様で、ラッシュボアは足のチカラが抜けたように地面に崩れ落ちた。


 敬太はすぐに生死確認の為に【亜空間庫】にしまってみると、横たわっていたラッシュボアの姿が目の前から消えて無くなった。鼻を潰したのか、脳にダメージがあったのか、首をやったのか分からないが、どうやら力尽きていたようだ。


「ふ~。ゴルもういいよ」


 息を吐き、心を静める。それから木の陰に隠れていたゴルに終わったことを知らせた。するとゴルがガサガサと音を立てながら敬太の傍にやってきて、口に咥えていたハードシェルバッグを足元に落としてくれた。


「ニャー」


 「持って来たよ!褒めて!」っと言っているのが分かったので、ゴーさんに変形を解いてもらってから、足元にスリスリしているゴルを抱え上げて、胸元で抱きしめながら撫でてやった。


「偉いね~。ゴーさんも、ありがとね~」


 ゴルを抱えているので、手首に付いているバングルは見えなかったのだが、ゴーさんはカチッっと音を鳴らし返事をしてくれた。




 思ったよりも強い相手との戦闘だったので、少し休憩を入れる事にした。

 ゴルの器と水を【亜空間庫】から取り出し、水を注いで下に置く。ついでに敬太も水分補給を済ませる。


「ニャー」

「うん。美味しいね」


 ペロペロと水を飲んでいる途中で、敬太の方を見て一鳴きしてきたので、返事を返しておいた。ゴルの言いたい事がそれで合っているか分からなかったが、敬太の返事を聞いてから満足そうにしてまた水を飲み始めたので、多分言いたい事は合っていたのだろう。

 

 カッパーの一つ上のランクになるシルバーランクの討伐依頼だったのだが、問題なく倒す事が出来た。この程度ならゴーレムでも対応可能だろうし、敬太が倒せば良い運動になる程度だった。


 

 休憩を終えたが、時間的にはまだお昼前。奴隷の女の子からあまり目を離していても、何かあってはいけないので、コンテナハウスで様子を見ながらお昼を取ろうと考えた。

 ここから東に移動しながら、もう2~3戦もやっていけば丁度いい時間になるだろう。頭の中の地図を見ながら移動を始めた。


「ゴル行くよ」

「ニャー」


 ハードシェルバッグを背負ってからゴルに声をかけたのだが、いつもの様に敬太に飛びついてバッグに入ってこなかった。

 最近ずっとバッグに入っていたから飽きたのかもしれない。

 まだまだ好奇心旺盛な年頃だし、人目に付かない場所ぐらいは自由にさせてあげようと思った。


「はぐれちゃダメだよ」

「ニャー」


 「はーい」って感じの返事だったので、まぁ大丈夫だろう。

 ゴルを引き連れ、アイン鉱山の麓の森を横断する形で進んでいく。




 ソフト川上流の岩場に隠して置いてあるコンテナハウスに到着するまでに、2匹のラッシュボアに出くわしたが、敬太が運動がてら仕留め【亜空間庫】に放りこんでおいた。


 コンテナハウスに近づくと、見張りとして残しておいた「実働部隊」のアイアンゴーレム達がシュタっと敬礼ポーズで出迎えてくれる。


「ただいま」

「ニャー」


 ゴーレム達と軽く挨拶を交わした後、コンテナハウスに足を踏み入れた。

 中にも看病するのに1体アイアンゴーレムがいるので、こいつには奴隷の女の子の様子を聞く。

 

「どう?何か変わりはあったかな?」

 

 アイアンゴーレムを見ると静かに首を横に振るだけだった。

 どうやら目覚めもせず、変化は無かった様だった。


 一応、敬太もベッドに近づき、奴隷の女の子の顔を覗き込んで自分で確認してみたが、朝と変わりは無い様だ。

 まだ「生きている」のを確認出来たので、ホッと息を吐いてから踵を返しコンテナハウスを出た。


 なるべく早くハイポーションを手に入れなくちゃ。


 敬太は誓いを新たにし、お昼ご飯の準備に取り掛かった。

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