第100話 お金

 奴隷の治療には、自分が契約した奴隷だという証拠となる「契約書」がないと出来ないという事が分かったので、もう敬太に出来る事は何も無かった。

 今にも死にそうな奴隷を前にしても、気休めのポーションを飲ませるしかないのだった。


「ゴーさん。いい場所見つかった?」


 教会を後にしてから、すぐにバングルに擬態しているゴーさんに話しかけた。街に入る際に頼んでおいた事があったからだ。

 返事の代わりにゴーさんはカチッっと体を鳴らしスキル【通信】を使ってイメージを伝えて来てくれた。どうやら頼み事をやっておいてくれたようだ。


 敬太は足を南門に向け、走り出した。

 中央広場からは少し距離があったが、人影もまばらな夜の道は走りやすく、簡単に南門へと辿り着く事が出来、そのまま街の外に出た。

 門から街に入る時には門番にとやかく言われるが、外に出る時には何もないので、ゴーレムを連れていようと、ボロボロの奴隷を連れていようと、面倒事は起きなかった。


 門番の視線を背中に感じながら、しばらく街道を走り続け、暗闇に身を紛れこませる。


 5分ぐらい走り、門から距離も取れ、一応【探索】も使い脳内マップで辺りを見てみて誰も居ない事を確認する。北門で電動バイクを取り上げられてしまったので、念の為だ。

 そして、【亜空間庫】からモトクロスバイクを取り出した。静かな平原では目立ってしまうのだが、この際しょうがあるまい。


 セルを回しエンジンをかけると、暗闇の中を疾走する。


 敬太がモトクロスバイクのエンジン音を響かせて向かっている先は「偵察部隊」が見つけた場所で、ゴーさんに頼んで人目に付きづらく安全そうな場所を探しておいてもらった場所だ。街から北東に行ったソフト川上流にある岩場になる。


 本当ならば敬太がひとりで寝る為の野営地探しだったのだが、奴隷の女の子の怪我を治す事が出来なかった今となっては、匿っておける治療場所となってしまった。

 ダンジョンに連れ帰りモーブ達にも協力してもらって、匿い、治療するのが今考えられる一番の方法なのだろうが、女の子の容体が長距離移動に耐えられそうにも無かったので、今はとりあえずの場所で何とかするしかないだろう。




 現地に着くと、石ころに擬態したストーンゴーレムの「偵察部隊」が数体動いているのが見えた。こいつらが探し出してくれたのだろう。

 スキル【探索】を使って辺りを伺うが、特に何も気になるものは無く、岩場の岩が視線を遮り隠れ場所にはもってこいの様に思えた。


 早速、【亜空間庫】からコンテナハウスを取り出して、目立たない岩陰に置く。冷暖房完備のコンテナハウスの中なら、体力が落ちている女の子にも良い環境になるはずだ。

 クモ型アイアンゴーレムに運び込んでもらい、コンテナハウスの中のベッドにボロボロの女の子を寝かせる。衣服は血まみれで腕や足、顔の肉が見えてしまっていて痛々しい。ポーションを飲ませ、出来る限りの手当てはしたが、呼吸は弱弱しくいつ死んでしまってもおかしくないように見える。

 手枷足枷がジャラジャラと音を立てるので、敬太は忌々しく顔をしかめるが、今ここで外してあげる事も出来ない。鉄ノコギリなんかがあれば外せるのだろうが、生憎と持っていないので諦めるしかない。


 道具を取りにダンジョンに戻るには、モトクロスバイクで片道10時間ぐらいかかり、往復だと20時間ぐらいはかかるだろう。敬太1人でダンジョンに戻り枷を外す道具を持って来た所で、その間に肝心の少女が死んでしまったら元も子もない。


 結局は何をするにしても、お金を稼ぎ、ハイポーションを手に入れるのが最優先になるのだ。


 魔法やスキルが存在し、夢とロマンが溢れる異世界においても、お金が無いと何も出来ないのが分かってしまった。

 やるせない気持ちになってしまうのは仕方が無いだろう。



 コンテナハウスの周りに「実働部隊」と「偵察部隊」で警戒してもらい、敬太とゴルは【亜空間庫】から取り出した弁当で、夜ご飯を済ませた。


 夜は、翌日に備え眠ろうと思ったのだが、女の子が苦し気な声を上げるので、その度にポーションを流し込み様子を見ていて、気が付くと空が白ばみ朝を迎えていた。

 何とか命を繋ぎ止め、夜を明かせた事にホッと息を吐いたが、今のまま回復に向かってくれるのか、はたまた死地は脱出出来ていないのか、医者ではないのでまったく分からない。


 「実働部隊」の1体に、何かあったらポーションを口に突っ込んでと指示を出し、女の子の枕元にポーションと水、それからゼリー飲料をコップに出して置いておく。こっちはこれで何とかしてもらうしかない。

 

 食欲は沸かないが何とか朝食を詰め込み、ポーションを1本を自らも煽っておく。おっさんの徹夜は中々堪えるものなのだ。


 コンテナハウスを守る最低限な戦力として「実働部隊」のうち10体を残し、それ以外のゴーレム達には【亜空間庫】に戻ってもらった。今日は彼らにも頑張ってもらう予定なのだ。


「頑張れよ」


 ベッドに横たわるボロボロの女の子の額に手を置き声をかける。無論返事など返って来る事は無いが、体温のぬくもりと弱弱しい呼吸音だけが、まだ生きている事を伝えてくれた。


「行くよゴル」

「ニャー」


 いつも元気なゴルに勇気づけられ、お金を稼ぎに街へと出発した。

 全てはハイポーションを手に入れられるかどうかに掛かっているのだった。

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