第99話 奴隷の扱い

 門番達とごたついたおかげで辺りはすっかり暗くなってしまっていたが、気にせず敬太は街の中を走っていた。

 営業時間は知らないが目指すお店が閉まってしまったら、その分ボロボロの女の子が助かる可能性が低くなってしまうからだ。


 工場地帯となっている北側の街を、女の子を乗せたクモ型アイアンゴーレムと一緒に走り、人気が無くなっている中央の広場を駆け抜け、大通りから1本中に入る。そこから少し行くと、目指していた「药店」の看板を掲げるお店に辿り着いた。


「すいません!」


 厚みのある木のドアを開き店の中に入る。どうやら、まだお店はやっていたようだ。


「なんじゃ。もう店じまいじゃぞ」


 奥からおばあちゃんの声が飛んで来た。

 ここはハイポーションを置いている薬屋で、以前顔を出した時に親身に話を聞いてくれたので、何とかならないかと思って来てみたのだ。


「申し訳ない。緊急でして・・・」

「ん?お前さんは見た事があるのう」


 店内は相変わらず漢方薬のお店の様に色々な物が並んでいて、その奥からひょこりと主人のおばあちゃんが顔を出して来た。


「あの、以前にハイポーションを求めてお店に顔を出して、お茶をご馳走になった者です」

「ああ、道理で見た顔だと思ったわい」


 どうやら敬太の顔を覚えていてくれたようだ。


「それで、ちょっとお伺いしたいのですが、怪我をした人を治す病院・・・じゃ通じないか・・・えっと、教会とか治療院みたいなものはありませんか?」

「誰ぞ怪我でもしたか?」

「はい。モンスターに襲われボロボロになってしまい、ポーションでは足りないようなのです」

「ふむ、そうかい。それで怪我した者は宿にいるのかい?」

「いえ、宿は取ってません。店の外に待たせてますが・・・」

「そうか、出来ればこのババも怪我の状態を確認してみたいのじゃが、見せてくれんか?」

「もちろんです。見てやって下さい」


 怪我の事には詳しくないので、専門家に見てもらえるなら、それに越した事は無いだろう。


 店主のおばあちゃんを伴って、店の前に待たせているボロボロの女の子の元に向かった。


「なんだい・・・怪我をしたのは奴隷かい」

「はい、そうみたいですね」


 しかし、怪我した女の子を一目見て、それが奴隷だと知ると、おばあちゃんが片眉を上げ途端に難しい顔になってしまった。


「それはお前さんの奴隷なのかい?」

「いいえ。違いますけど、何かまずいのですか?」

「はぁ~、いいかい?奴隷っていうのは『物』なんじゃ。他人の『物』を傷つける事は、勿論いけない事じゃが、その逆で治すって事もいけない事なんじゃよ」

「え?」

「人様の『物』には手出し無用との決まりがあるのじゃよ・・・」


 異世界での奴隷の立場、扱いがここまでだとは思わなかった。

 敬太の想像の範囲を少し超えてしまっている。


「・・・」

「そうか、やはり他人の奴隷じゃったか・・・悪いが、うちのハイポーションを、今この場ではお前さんに売る事は出来なくなったぞ。他人の奴隷だと知ってしまったからには無理なのじゃ。諦めい」

「そ、そうなんですか・・・」

「済まんな・・・決まりなのじゃよ」


 この薬屋には場所を聞きに来ただけなので、別に問題ないのだが、おばあちゃんの顔を見ると、なんだか悔しそうに歪んでしまっていた。きっと、このおばあちゃんもボロボロの女の子を助けたい気持ちがあるのだが、異世界の街の決まり事とかがあって、手出しが出来ない状況なのだろう。


 おばあちゃんの気持ちだけは受け取っておく事にした。


 そうなると、これ以上おばあちゃんの所にいても、迷惑をかける事になってしまいそうなので「教会」の場所を聞きいたら、とっととお暇する事にした。




「難しいと思うのじゃが、行くだけ行ってみい」

「すいません。ありがとうございました」

「いや・・・悪かったのう」


 なんだか、やるせない気持ちになりながら、おばあちゃんの薬屋を後にした。

 

 門番が奴隷に対して扱いが酷かったのは、門番と言う仕事柄しょうがないと思っていたのだが、薬屋のおばあちゃんの様子から鑑みると、街ぐるみ、もしくは異世界全体で奴隷は『物』扱いなのかもしれないと考えを改めた。



 一旦、街の中央広場まで戻り、教えてもらった通りに西側に歩みを進めると、屋根の上に大きな十字のシンボルを掲げている教会が見えて来た。

 現実世界で教会に足を運んだことが無いので比べる事が出来ないが、2階建ての戸建てぐらいの家に、大きな扉が付いていて、とても立派な教会の様に思えた。


「すいませーん!」


 もちろんインターホンなど無い世界なので、大きな扉を叩き、大声を出して来訪を知らせる。

 しばらくすると、大きな扉が開き、中から黒い修道服を着た男性が顔を出した。


「どの様なご用件でしょうか?」

「突然すいません。あの、怪我を治して欲しいのですが・・・」

「そうですか。少々加減を見せてもらってもよろしいですか?」

「あっはい、お願いします」


 修道服を着た男は、敬太のクモ型アイアンゴーレムに恐れる様子も無く近づき、ボロボロの女の子を舐める様に観察し始めた。


「金貨30枚ですね」

「えっ?」

「お布施の値段です。助祭では無く、司祭が動くとなれば当然でしょう」


 敬太がハッキリと告げられた値段に驚くと、修道服を着た男はゆっくりと顔をこちらに向けてきて、そのまま話を続けた。


「しかし、貴方見ない顔ですね」

「ええ・・・先日街に着いたばかりで」

「そうでしたか、ならば『契約書』の提示もお願いします」

「『契約書』ですか?」

「ん?・・・おかしいですね。貴方もしかして、奴隷の持ち主では無いのですか?」


 「契約書」という知らない単語に反応すると、修道服を着た男が眉間に皺をよせ語気を強めた。


「貴方は私に罪を犯させるつもりですか!」

「し、しかし・・・この子は今にも死んでしまいそうで」

「死に瀕したら罪を犯してもいいなんて決まり事はありません!」

「ですが・・・」

「これ以上言うようでしたら衛兵を呼ぶ事になりますよ!」


 こうなってしまうと敬太は引き下がるしかなくなり、トボトボと教会を後にするのだった。

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