第98話 門番
素早く【亜空間庫】から建設で使う合板を取り出し、上に毛布を敷いた。そしてそこに未だに動かない奴隷の女の子をそっと抱え上げ乗せる。
「軽い・・・」
元々、奴隷なのでやせ細っているのか、肉が削がれ軽くなってしまったのか。
想像していた以上の軽さに驚き、口に出してしまった。
「ゴーさん。女の子を揺らさないように運んで」
傷ついた女の子の運搬は敬太一人の手には余るので、ゴーレムに手伝ってもらう。
資材運搬をしやすいように考え作り上げたクモ型アイアンゴーレムを取り出した。
走行中の安定を考え重心を低くし、揺れを減らすために足を6本に増やし、スピードを上げる為に足を細くして、完成して見たらクモの形に似ていた物だ。
このクモ型アイアンゴーレムは、かなりのスピードが出るので【亜空間庫】を開き電動バイクも取り出す。普通のバイクだと異世界では音が目立ってしまうので、ストリートタイプの500W(250cc相当)で最高時速105kmの電動バイクを買っておいたのだ。これならばかなり静かなので目立つまい。
「ゴル行くよ」
「ニャー」
ゴルに呼びかけると心得たとばかりにハードシェルバッグに飛び込んで来たので、モトクロスのヘルメットだけを被り、すぐに出発する。
敬太ひとりの治療では限界だ、街に行ってなんとかしなければならない。
「頼んだよ」
クモ型アイアンゴーレムにも声をかけると、背に女の子を載せたまま滑るように走りだしたので、敬太も電動バイクのアクセルを握った。
音も無く街道を走っていると、あっと言う間にマシュハドの街の壁が見えてくる。
当然なのだが、やはりバイクだとかなり移動が速い。
異世界でも同じなのかは分からないので、地球での話になるが、遮蔽物が一切ない所だと平地でも4~5km先まで見えるのは有名な話だ。それで考えると、街道の先に街の壁が見えて来た今の位置は、まだそれぐらい離れていると考えていいだろう。そして、4kmという距離はトップランナーが走っても12分かかる距離だ。敬太では、その倍に近い20分はかかってしまうだろう。
今にも死にそうな女の子を連れている緊急事態に20分ジョギングをするか、それともリスクを冒してバイクに乗ったまま行ってみるか・・・。
「と、止まれー!」
結局、時間が惜しいし、クモ型アイアンゴーレムも連れていたので、一か八かで電動バイクで乗り付けて来たのだが、やっぱり門番に止められてしまった。
「な、なんなんだ!その奇妙な馬は!」
「これは魔道具です」
面倒臭いが、槍を構えている門番と敵対する気はないので、バイクを止め、被っていたモトクロスのヘルメットを脱ぎながら答えた。
「魔道具か・・・」
「通ってもいいですか?」
「ま、待て、俺では判断が出来ない。少し待っていろ」
門番は他の門番とアイコンタクトを取ると、1人の門番が駆け足で離れて行った。責任者でも呼びに行ったのだろう。
こちらは怪我人がいるので、あまり時間を取られたくは無いのだが・・・。
唯一知っている異世界人のモーブなら「うむ。魔道具か」ってだけで話が終わるので、そんな物かと思っていたのだが、ここの門番には通じなかったようだ。
残っている2人の門番に槍を構えられながら待つ事5分。クモ型アイアンゴーレムの背に乗るボロボロの女の子の、か弱い呼吸にハラハラしていると、ようやく責任者と思しき男が、新たに3人の門番を引き連れてゆっくりとやって来た。
「吾輩が北門の門番頭トワレである!」
「ケイタです。あっ、冒険者ギルドに所属しています」
体が大きな門番頭と言う人が、意外にも名乗りを上げてきたので、待たされイライラとしていたが、敬太も一応名乗っておいた。
「して、それが魔道具とな?」
「そうです。魔道具です」
「そっちのゴーレムも獣人も一緒であるか?」
「もちろんです。この子を助けたいので、この街までやって来ました」
「そうであるか。しかし、そんな危険そうな魔道具を街に入れさせる訳にはいかないのである」
どうも様子がおかしい。合板の上に寝かされ、クモ型アイアンゴーレムに乗っている虫の息の女の子がいるのて、緊急なのが見て分かると思うのだが、門番が気にしているのは敬太が乗っている電動バイクの方だった。やはり急ぎとは言え電動バイクを人目に晒してしまったのは失敗だっただろうか。
「こんなに酷い怪我をしているのに街に入れないのですか?」
「はははは。獣人なぞ放っておけばいいのである」
「!?」
「どうしてもと言うなら、その魔道具を置いていけば通ってもいいのである」
意味が分からない。ボロボロの女の子を放っておけ?
込み上げてくる怒りを懸命に抑え、なんとか会話を続ける。
「放っておくとは、どう言う事ですか?」
「それは奴隷であろう。奴隷なぞ死んだら新たに買えばいいではないか」
門番頭のトワレはゴミでも見るような目でボロボロの女の子を見ている。
こんな所で押し問答している場合では無いのに・・・。
「ああそうか。それは『お気に入り』であったか。そんなに必死な様子を見るとあっちの具合が良かったのだな。はははは!」
門番頭が浅ましい顔で笑うと、周りにいる門番たちも一同に笑い出した。
なんだろう。敬太が思っている事が伝わらない。
ただボロボロな奴隷の女の子を助けたいだけなのに、下衆な勘繰りをして勝手に知った顔をしている。もう怒りを通り越して馬鹿らしくなってしまった。
奴隷という存在は知っていたのだが、実際に奴隷をどのように扱っているのかまでは知らなかった。だが、まさかここまで「物」扱いしているとは思いもしなかった。
異世界の住人全てなのかは知らないが、少なくとも今、目の前にいる「門番頭トワレ」には、奴隷の扱いについて言い争っても無駄なのが、ここまでの短いやり取りで分かった。これ以上時間を取られても仕方が無いので、奴らの言う通りに従ってしまおうかと思う。
「分かりました。それでは、この魔道具を門番に預ければ中に入ってもいいのですよね?」
「違うのである。その魔道具をよこすならば、であるぞ!」
本当にどうしようもない連中だ・・・。
物欲しそうに見ている門番共に、鍵を抜いたままの電動バイクを渡してやる。47万円で買った物だが、所詮「円」で手に入れられる物だ。そんなに惜しくはない。
門番共にバイクが渡ると、ようやく突きつけられていた槍が下ろされたので、後ろに控えるクモ型アイアンゴーレムに軽く指示を出してから、門を抜け街の中に入って行く。
後ろからは門番共の騒ぐ声が聞こえて来た。
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