第97話 奴隷

 フォレストウルフとの戦いは、あっと言う間に片が付いた。鉄で出来ているアイアンゴーレムには文字通り、歯が立たなかったようだ。

 フォレストウルフ達がいくら噛み付こうとしても噛み付く事が出来ず、アイアンゴーレムの体に傷を付けるが精一杯だったのだが、それに対しアイアンゴーレムのランスによる突き刺し攻撃は、フォレストウルフ達の体に大きな穴を空けていた。


 戦力に大きく差があったと思うのだが、その辺はモンスター思考なのだろう。フォレストウルフ達は逃げ出す事無く、最後の1匹になっても果敢にアイアンゴーレムに攻撃してきて、返り討ちにされていた。


 【探索】を使い、頭の中の地図に他の反応が無いのを確認し、それからフォレストウルフ達に喰われていた人に視線を落とした。体の大きさを見ると、まだ小さく子供のようで髪の毛が長い事から女の子だったと思われる。頭の上にはウサギの様な長い耳が付いていて、手首と足首と首に枷が付けられている。更に枷同士が鎖で繋がっていて体の自由が奪われている状態だ。

 金属の輪の枷はダンジョンに住んでいるモーブ達にも付けられていた物なので、すぐにそれが獣人の奴隷なのだなと分かった。


 喰われていた女の子は酷い有様で、ピクリとも動かず地面に横たわっている。「もう少し早く気が付いていれば」とか「しょうがなかった」とか、頭の中でグルグルと考えが渦巻いてしまう。


 異世界に来てから「死」には慣れてきたつもりでいたが、このように痛ましい事故を目の当たりにしてしまうと、どうしてもやるせない気分になってしまう。



 とりあえず、こんな街道の上に遺体を投げ出しておくのは可哀想なので、何処かに埋めてやろうと思った。助けが間に合わなかった罪滅ぼしもあるが、それぐらいやってあげても罰は当たるまい。

 気持ち的には日本の道路で轢かれていた犬、猫、狸なんかを埋葬してやろうかと思う様な感じに近いだろうか。


 周りに散らばっているフォレストウルフの死体は、いつまで経っても煙に巻かれる事が無かったので、とっとと【亜空間庫】にしまい、それと一緒にボロボロにかじられてしまっていた女の子もしまってしまおうと思ったのだが、何故か女の子が【亜空間庫】に入らなかった。


「え?」


 敬太は【亜空間庫】に弾かれた女の子を見て固まってしまった。何故弾かれたのか理由を考え、すぐにある理由に辿り着いたからだ。


 それは【亜空間庫】には生きた者は入れる事が出来ないという縛りだ。


 それから考えると、このボロボロの女の子は、まだ息があるという事になるのだ。

 

 敬太は本当に生きているのかを確認する為に、しゃがみ込み女の子の様子を見た。

 女の子の顔は頬肉を齧られたのか、横顔なのに奥歯の方まで見えてしまっている。頬の周辺の皮も毟られ、血まみれになっていて唇が何処にあるのか見当たらない状態だ。

 とりあえず口元に手をかざし呼吸があるか確認しようとしたが分からず、耳を近づけ呼吸音を探ったが、それでも分からなかった。


 それなら心臓はどうだろうかと、血まみれの女の子の体を見ると、腕は勿論だが肩の方まで皮が剥がれ、肉が顔を出しいて、二の腕辺りは骨が見えてしまっている。だが手首に枷が付いていたのが幸いしたのか、体の前で繋がれた腕が防御の姿勢となっていて腹や胸には齧られた後が無かった。着ている服は血まみれになっているが、胴体部分は無事だったようだ。


 辛うじて繋がっている腕を横にずらし、胸に手を当ててみるが医者では無いので心臓が動いているか判断が出来ず、仕方がないので血まみれの胸に耳を付けてみた。


「トクン・・・トクン・・・」


 すると、しっかりとした命の音が聞こえ、心臓が頑張って鼓動しているのが分かった。


 敬太は生きていた事に驚き、テンパってしまいそうになる。

 まさかこんな酷い状態で息があるなんて・・・どうしたらいい?

 どうやったら助けられる?


 とりあえず思いついたのがポーションだったので、急いで【亜空間庫】から取り出し、口らしき所に流し込んでみたが、食い千切られてしまっている頬の穴からダラダラと零れていってしまった。


 仕方が無いので、指で歯を押し、口をこじ開け、そこにポーションを押し込み喉の奥へと流し込んでいく。もちろん頬の穴は手で塞いでいる。

 ポーション1本を全て流し込むと、喉が動いたように見えたので飲み込んでくれたのだろう。


 それから、しばらく様子を見ていると、鼓動に合わせて溢れ出ていた血が止まりだし、軽い傷は塞がり治っていった。

 肉が無くなっている所は、乾燥したように固まっただけだが血は出てきてない。


 どうなんだろう、これでいいのかな?

 これで死なないのかな?

 この後どうしたらいいんだろう?


 日本に居る時ならば、救急車を呼んで後はお任せとなるのだが、ここは異世界だ。弱肉強食がまかり通り、命が軽い世界なのだ。自分でどうにかするしか解決する方法は無い。


「クソ!」


 思わず悪態をついてしまう程、どうしようもない状態だった。目の前の消えそうな命の灯を救う手立てが思いつかない・・・。


 かと言って見捨てる事は出来ない。


 辺りには誰もおらず、今何か出来るのは敬太だけ。出来る範囲で手を伸ばすしかないのだ。


 グッと歯を食い歳張り、覚悟を決めた。

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