第88話 進む理由

 2か月3か月と月日は流れるが、追っ手がダンジョンに攻めてくるような事はなく、穏やかな日々を過ごしている。


 筋トレ、ダンジョン探索と無理せず進め、ゆっくりだが順調な日々を送っていた。





ーーーーーーーそれから1年後。


 敬太は父親の元に来ていた。

 今までは介護施設に預け面倒を見てもらっていたのだが、今いる場所は病院だった。


「大丈夫か?」

「・・・」

「足痛くないか?」

「・・・」


 ベッドに仰向けに寝ている父親に話しかけるが、返事は無い。目を開けているので起きているのだと思うが、視点は定まらず何処を見ているのか分からない感じだ。

 介護施設の人の話ではボケが出てきていて、朝方に気が付いた時には床に這いつくばっていて、太ももの大腿骨を折っていたそうだ。足が変な方に曲がっているのにすぐに気が付き救急車を呼んでくれたようで、そこから手術して入院となったようだ。


 敬太は異世界に行っている間は、電波が無いので連絡がつかない状態になっている。その為、父親の怪我に気が付き病院に駆け付けた時には、手術してから5日が経っていた。

 看護師さんの話では、その間に1度兄が訪ねて来ていたそうなので、そこは安心した。


「ゴホッゴホッ」

「親父、大丈夫か?」


 大腿骨骨折という大怪我を負い、体力が低下しているのか風邪をこじらせているらしく、このまま長引いてしまうと肺炎となって命に関わってきてしまう恐れがあるそうだ。

 

「これ飲んでくれ」

「・・・」


 周りを見て、人の目が無いのを確認した後に、持って来ていたポーションを父親に飲ませる。

 父親に反応が見られないので、飲み込んでくれるか不安だったが、口の中に流し込むと素直に飲んでくれた。


 ポーションだと風邪は治せるかもしれないが、骨折は治らない。

 ダンジョンの探索はずっと続けているが、未だにポーションより強い回復薬を発見するには至っていなかったのだ。


 ポーションを飲んだせいで、少し父親が悶えて布団がめくれ上がり父親の足がちらっと見えた。その足は記憶の中にある父親の足とは異なり、枯れ枝の様に細くなりガリガリに筋肉が落ちていた。


 子供の頃一緒に風呂に入ったり、おぶさったりしたときに感じた大きな父親は今はもう居なかった。


 なんだか急に寂しくなってしまった。




 一週間後。

 父親の様子を病院に見に行ってみると、まだ風邪が治っていないらしくゴホゴホと咳き込んでいた。

 気になったので看護師さんに声をかけると、先生を呼んで来てくれて説明が始まった。


「森田さんの息子さん?」

「はい、そうです。いつもお世話になっています」

「担当医の山田です。それでね森田さん、今ね、お父さんね、肺炎になってしまっています」

「そうですか・・・」

「うん。それでですね、森田さんのお父さんは寝たきりが長いでしょ。それで手術を受けたもんだから体力がかなり弱ってるんですよ」

「はい・・・」

「そうなってきますとね、肺炎と言えど危ないんですね。まぁ、治療はしますが、体力次第な所もありますので、一応気にはかけておいて下さい」

「分かりました」


 要するに、このままだと父親は死ぬかもしれんって事だった。

 先日ポーションを飲ませたのだが、それでは肺炎には勝てなかったようだ。


 日本人の死因、第4位の肺炎。

 うちの父親には、それを跳ね返すだけの体力があるのだろうか?

 枯れ枝の様にやせ細った手足を見ると、とても大丈夫とは思えなかった。



 病院から異世界に戻る前に、兄に連絡を入れ病院の先生に説明された話を伝えた。兄は「そうかー」と諦めにも似た返事をするだけだったが、病院に様子を見に行くと言ってくれた。



 異世界に戻ってくるとモーブと話をした。


「モーブ。私は街に出たいと思います」

「うむ。それがええじゃろう」


 父親の状態の話をし、ポーションより強い回復薬が必要だと話したら、当然だと言わんばかりに賛成してくれた。


「わしらの心配などせんでいい。ケイタは父親の心配だけせい」

「ありがとうモーブ」

「なーに。礼をするのはわしらの方じゃ。いつも世話になりっぱなしで頭が上がらんわい」


 モーブとも長い時間を過ごし、大分くだけた関係を築けていたので、モーブなりの軽口で送り出してくれた。


 必要な物をネットショップで買い込み、旅の準備をした。

 時刻は昼を過ぎていて旅立つ時間としては遅いが、父親の状態が状態なので、無理をしない範囲で急いで行きたいのだ。


「それじゃ、モーブ、クルルン、テンシン。行ってきます」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃ~い」

「うむ。こっちは心配せずに気を付けてな」


 敬太が手を振り別れを告げると、モーブ達も手を振り返して笑顔で送り出してくれた。


 目指すはダンジョンから一番近い街。

 目的はポーションより強い回復薬だ。


 果たして無事に手に入れ、父親に飲ませる事が出来るのであろうか?

 残された時間はそう長くない。

 敬太は色々な不安を抱えながらも、街に向かって突き進んで行った。

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