第87話 思い立ったが吉日
モーブと一緒にダンジョン探索してきた訳だが、思いの外モーブは強かった。敬太が苦労して倒すロウカストを通常攻撃の一撃で倒すのだ。
森での戦いでは3人の追っ手に後れを取っていた所を敬太が助けたのだから、力関係で言えば敬太の方が強いのかもと思っていたのだが、そんな事はなかった。
レベル差や武器の扱い方なんかを考えればモーブの方が強いのは納得がいくのだが、そうなると追っ手に後れを取っていたのが腑に落ちない。
「モーブ。それだけの腕があるのに、どうして追っ手に後れを取ってしまったんですか?」
みんなで昼食を終え、子供達は子猫のゴルと駆け回って遊び始め、その様子を見守る感じで、食後のまったりタイムを過ごしていたのだが、どうしても気になり思い切ってモーブに聞いてしまった。
「うむ。情けない話なのじゃが、わしが気が付かんうちに遊んでおったにヤムンとチャオが追っ手の奴等に捕らえられておってな、なんとか傷つけられぬよう奴等の要求に答えていたのじゃが・・・」
「そうでしたか・・・」
ヤムンとチャオはモーブが連れていた子供達だったのだが、あの襲撃で首を飛ばされ殺されてしまった子供だ。
追っ手との間にどのような交渉があったのかは分からないが、子供を人質にしてモーブを降伏させ、一方的に傷つける姿は簡単に想像出来た。
追っ手達は奴隷を連れ帰る為に追って来ているのかと思っていたが、見せしめの為に逃げ出した奴隷を殺しに来ているのかもしれないと、敬太は今更ながら思い至った。
暴力とは縁遠い世界で生活してきていたので、その辺に鈍く戦いの状況を想像する事が出来なかった。単にモーブが力負けしたと思ってしまっていたのだ。
人質を取られ嬲り殺しにされる。いくらレベルが高く、強くても勝てる戦いではなかったのだ。
「すいません。嫌な事を聞いてしまって・・・」
「なーに、皆覚悟の上で逃げ出してきておるんじゃ。鉱山のような場所で家畜のように無下に扱われ死んでいくよりも、自ら決めた事で命を落としたのじゃ、本望じゃろう」
敬太には想像しか出来ない奴隷生活は、死ぬ事よりも辛かったのだろう。逃げ出す時の覚悟の仕方が生半可では無かった。正に文字通り、命を懸けていたのだ。
日本と言う平和な世界から、出稼ぎ感覚でふらっと異世界に来ていたが、思っていたよりハードな世界のようで、何の覚悟も無く行き当たりばったりでモーブ達の人生に関わってしまっていた。
飽きもせずに走り回っている、クルルンとテンシンとゴルを眺める。
あんなに幼い子供達を殺されるわけにはいかないよな・・・。
「モーブ。私に出来る事があったら言って下さいね」
「うむ。ありがとう」
敬太の異世界における目標は、より良いポーションを手に入れ父親に飲ませる事だった。だがそれは、目標と掲げる程必死でも無く、あったらいいな~ぐらいの低い目標だった。
正直少しお金持ちになって浮かれていたのだが、クルルンとテンシンと言う責任を負った以上、もう少ししっかりしなければいけないなと考えを改めた。
思い立ったが吉日。
やれる事をやろう。
モーブに断りを入れてから、タブレットでランニングシューズを買って履き、屈伸、アキレス腱伸ばし、手首足首。
軽く準備運動をしてから、ダンジョン内をジョギングし始めた。
モーブ達を預かる身としては何かあっても対処出来るようにしておきたい。そこで真っ先に思い浮かんだのが「体力」だ。戦うにしろ何にしろ、異世界においてはチカラが全てだ。お腹が出っ張り、足の爪が切りにくくなっているようじゃ話にならないのだ。
敬太自身が強くならないと、守りたい物も守れない。そういう世界なのだ。強くなる為にもちゃんと基本から始めよう。
改札部屋からダンゴムシが出る階層へ。
久々の走りに頬の肉が視界を揺らす。何が面白いのか子供達とゴルも笑いながら敬太の後に続く。
「おっちゃん足遅いねー」
「きゃはは」
「ミャー」
蜂の巣の部屋の階層に続くスロープを上がる頃には、ふくらはぎに疲労が溜まり攣りそうになっている。息は絶え絶え、呼吸が苦しいがなんとかダンジョンの入口の門の所まで辿り着く事が出来た。
「ゼェ~ゼェ~ゼェ~」
「おっちゃんもう終わりー?」
「終わり~?」
呼吸を整えながら改札部屋まで歩いて戻る。37歳のオジサンの体力は思っていたよりも衰えていたようだ。
改札部屋前まで戻ってから筋トレもするが、腕立て伏せ10回で腕が震え、腹筋も10回で腰を攣りそうになり、スクワットも10回で限界を迎えた。
子供達は敬太の横で笑いながら真似をして、遊んでいる。
「ハァ~ハァ~ハァ~」
「おっちゃん弱いー」
「弱い~」
何とでも言うがいい。オレには秘密兵器があるのだよ。
タブレットで秘密兵器プロテインとシェイカーをポチる。
付属の匙でプロテインをシェイカーに入れる。1杯2杯3杯。そこに牛乳を200cc注ぎ30秒ぐらい振る。
筋肉を使った後の30分間、俗に言うゴールデンタイムにたんぱく質を大量摂取する。現実世界の体作りを思い知るがいい。
腰に手を当て一気に飲み干す。ストロベリー味のプロテインは牛乳と相まって美味しかった。
「「「ぷはー」」」
子供達が美味しそうだと言うので、シェイカーを追加注文し、それぞれに渡してやって一緒に飲んだ。
翌日、筋肉痛になればポーションを飲み。筋肉疲労が溜まればポーションを飲む。
関節痛、靭帯の痛みなんかにも効き、プロテインとポーションのドーピングは肉体改造にはうってつけだった。
三日坊主で終わってなるものかと1週間頑張り、挫けそうになりながら2週間。ドーピング効果で通常の数倍の早さで変化が現れ、体が軽くなった3週間目。走る度に震えていた頬肉も気にならなくなり、足取りも軽く、確実に効果が実感出来るようになった1か月。ここまで来ると体の変化が楽しくなり、トレーニングに積極的になって継続していくのが苦ではなくなっていた。
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