第65話 ICカード
1か月以上ぶりに駅へと戻ってきた。
時刻は夜の21時。久々の駅の喧騒が懐かしく感じる。
背中に背負うハードシェルバッグの中には大人しくしているゴルが入っていて、手には5百万円もの札束が入った紙袋を持っている。
目立つような恰好では無いのだが、なんとなく人から見られているような気がするのは、大金を持っているから必要以上に意識してしまっているせいだろう。
あまり気にし過ぎてはいけないと、自分に言い聞かせ駐輪場に向かって駅構内を歩いて行く。
駐輪場に着き、いつも敬太が自転車を止めている場所を見たのだが敬太の愛車が見当たらなかった。
それもそうか、1か月以上も預けっ放しだったのだ。既に撤去されてしまったのだろう。長年乗っていた自転車だったが、探して取り返す手間や費用を考えると新しく買った方が安く済みそうなので、自転車は諦めてタクシー乗り場へと向かった。
家に帰ると父親がいないので静まり返っていて、不思議な感じがした。
長い事父親を介護していて、施設に預けたらすぐにダンジョンに籠っていたので、まだ父親が家に居ないのに慣れていないのだ。改めて介護施設に預けている事を実感した。
ハードシェルバッグからゴルを出して、敬太はお風呂に向かった。ずっと改札部屋のシャワーだけで過ごしていたので、ゆっくりと湯船に浸かりたいと思っていたのだ。
久々の湯船に浸かっていると、お風呂の戸の向こうでゴルがウロウロしているのが曇りガラス越しに見えたので、入ってこれるように少しだけ戸を開けてやると、ゴルは顔だけ突っ込んで来てジーっと敬太を見て来るだけだった。寂しいけど入れないって感じなんだろうか。まったく難儀な奴だ。
風呂上がりに洗面所で久々に自分の顔や体を見たら、髪はボサボサでヒゲも伸び放題になっていた。だが体の方は引き締まり、腹筋が薄っすら割れている感じになっている。悪くないだろう。
腕や足も引き締まっていて若い頃の体を思い出す。ポーションのドーピングで無理して、毎日体を動かしていたのが効いているんだろう。あれだけ中年太りをしていた我儘な体だったとは想像出来ないぐらいに仕上がっている。
しばらくの間ニヤニヤしながら、鏡の前でポージングをして遊んでいた。
部屋に戻り、車を買うのに必要な書類を調べる為にスマホを見ると、何件かの着信履歴が残っていた。改札部屋の中は電波がないのでずっと音信不通状態だったのだ。
流石に1ヵ月もの間ほったらかしたのはまずかったと、今更ながら反省する。
緊急の時に連絡が付かなくては洒落にならないだろう。今後は気を付ける様に心に留めた。
留守電を確認すると、兄から1件のメッセージが入っていた。
介護施設で父親に会ったらしく、お礼を言っていた。
自分の都合で預ける事にした敬太にとっては、少し後ろめたい気持ちではあるが、兄が父親と疎遠になったままの状況よりは良いだろうと、少し胸が温かくなった。
後は知らない番号から数件掛かって来ていたのだが、こっちは無視していいだろう。どうせ詐欺系のやつとか禄でもないやつだ。
ネットで何個か調べ物を済ませると眠くなってきてしまったので、【土玉】を使ってから無理せず寝る事にした。ちなみにレベルが上がってからは【土玉】を使ってもハンガーノックのような症状になる事は無くなっている。
布団に入るとゴルが「入れてくれ~」と鳴いてきたので、布団を上げてやってゴルの毛並みを楽しみながら眠りついた。
翌朝。
起きてから身支度を整えて、ゴルと一緒に朝ご飯を食べる。敬太は家にあったカップラーメンで、ゴルは小分けになっているカリカリの固形の猫の餌だ。
なんとなく朝のニュース番組を見ながら食べていたのだが、そんな中ひとつのニュースが目に付いた。
若くして会社を立ち上げ成功を収めた、お騒がせ社長ドドタウンの「前園社長」が、無くしたICカードに10億円もの懸賞金をかけたと言うニュースだった。
この前園社長は、個人的にロケットを打ち上げたり、SNSで100万円を100人にばら撒いたり、恋人が芸能人だったりと、何かと世間を騒がせている有名人だと面白おかしく紹介され、それからICカードに懸賞金を賭ける経緯なんかを女子アナウンサーが説明している。
なんだろうこの話、身に覚えがあるような気がするわ。
なんせ、敬太もススイカを拾った事があるのだ。それも普通のススイカではないダンジョンに飛べる魔改造ススイカだ。それならば懸賞金10億円でも納得が出来てしまうような代物だろう。
そしてそれは、未だに手元に持っている状態だ。
だが、そのススイカを拾ったのは1~2か月以上前になるので、今更こんな話題をニュースでやるのだろうか?と疑問に感じてしまう。
そう考えると、今のニュースは別のICカードの話なのだろうかと、何だかモヤモヤしてしまう。
すでに朝飯のカップラーメンは食べ終わったのだが、ニュースが気になるので、まだ席を立てないでいた。
テレビではコメンテーターが「あ~だ、こ~だ」と話をしている。
しばらくして、ニュースの話題が変わってしまったのでテレビの電源を切った。
結局、ニュース自体は「懸賞金をかけました」って事だけで、特に敬太を特定するような情報は無かったし、細かい情報も出てなかったので、あまり気にしない様にする事にした。
十中八九、敬太が拾った魔改造のススイカの話の様な気もするが、確証は無いし、そもそも10億円という大金を手にしたとしても、父親の傷ついた脳は治らないだろう。
なんだか朝から微妙な気分になってしまったが、とりあえず出掛ける事にした。
「ゴル、行くよ」
「ミャー」
ゴルが走って来てハードシェルバッグに入ったので背中に背負い、現金が入っている紙袋を持ち家を出た。
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