第49話 進展
それから1週間は残高確認と、後回しになってしまった作業をして過ごした。
基本的には、新しく作った「罠」の試運転を見守る感じだ。
改札部屋の扉の前にある電源ドラムをスチール製の電気ボックスに入れたり、後は改札部屋に道具が増えてしまっていたので、棚をネットショップで買って備え付けたりした。
罠の様子は毎日見に行っていた。ニードルビーの取りこぼしが無いか、罠はきちんと動いているかとか点検みたいなものだ。
残高の方は毎日42万円づつ増えていき、すでに2千万円を超えている。
ニードルビーが1週間毎日リポップするのも確認出来た。
そろそろ頃合いだろう。次の段階に移る時が来たようだ。
週末、「退職願い」を持ち職場に向かった。
内心ドキドキしながらも勤務時間が終わってから現場の責任者に辞めたいと伝えると「人手不足だから何とかならんか?」と言ってきた。だが、敬太は「すいません」と一言だけ返すに留めた。
本当は言いたい文句がたくさんあるのだが、全て飲み込んだ。飛ぶ鳥跡を濁さずだな。
その後話し合いで、残っていた有給を使い来週いっぱい顔を出せば、後は有給消化で締め日まで休めるようになったので、その形でお願いしてきた。
その日家に帰ると、仕事を辞める事が出来た解放感からずっとニヤけてしまっていた。
普段は飲まないが、帰りに買って来た冷えた缶ビールがやけに美味しく感じた。
仕事以外の時間はダンジョンの方はそこそこにして、介護施設を探し回った。
費用は少しぐらい高くてもいいので、清潔でちゃんと面倒を見てくれそうな所をネットで探しては、実際に現地に行って様子を見たりした。
だが空いているところは、空いている理由があるらしく、なかなか思う様なところには巡り合えなかった。
そんな時、いつも家に来てくれていたデイサービスのおばちゃんの口利きで、やっといい所が見つかった。
最後までデイサービスのおばちゃんには世話になってしまった。
親身に話を聞いてくれたり、かと言って人の家の話にはあまり突っ込んでこずに、いい距離感を保ったプロの仕事人って感じだった。
父親の入る施設が決まってから、必要な書類を作るのに役場を何往復もしたり、パジャマやオムツとか施設で持ってきてくれと書かれている物を買い揃えたりと、なかなか忙しくしていた。
そうして日は流れ、最後の仕事日となった。
特に送別会とかそういう類のものの話は無く、いつも通りに職場を後にした。
同僚とは、それぐらい希薄な関係だったので気が楽だった。
家に戻ると今度は、父親の施設への入居となる。
デイサービスのおばちゃんの言葉に甘え、施設まで車で送っていってもらえる事になっている。個人的にではなく、デイサービスの仕事としてだけどね。
それでも声をかけてくれたのが、ありがたかった。
時間になるとデイサービスの車が家に来た。父親と荷物を車に乗せて敬太も同乗する。もちろんハードシェルバッグで静かにしているゴルも一緒だ。
道中は、たわいもない世間話をおばちゃんとして過ごした。
父親が入居する施設に着きデイサービスのおばちゃんと別れる時に、心付けとして封筒に3万円入れて渡した。「そんなつもりじゃなかったのよ」と、受け取るのを拒否しようとしたが、本当に世話になり恩を感じていたので、少し強引になってしまったが受け取ってもらった。
「本当にお世話になったので、気持ちですから」
「なんか悪いわねぇ。うん、ありがとね」
「また何かあったらお願いします」
「そうね、いつでも言ってくれていいからね」
社交辞令を口にして最後は別れた。
また「何か」あった時は、それは父親の葬式だろうな。
施設に入り、職員さんに色々と説明を受ける。
面会の時間とか別途料金についてとか。だいたい事前に調べていた通りで特に聞きたいような事はなかった。
説明が一通り終わり、最後に父親の元へと施設の職員さんに案内されて向かう。
小さな個室でビジネスホテルのような部屋。
備え付けの棚の上にはテレビが置いてあり、その下には敬太が家から持ってきたパジャマなどの荷物が置いてあった。
カーテンが開いている大きな窓からは、暖かな日差しが差し込んできていて、なかなか過ごしやすそうな部屋だった。
施設の職員さんは忙しく去って行ったので、敬太は荷物を棚に入れたりしてから、ベッドの側に置いてある椅子に腰かけた。
父親は脳梗塞で倒れてから体に麻痺が出てしまい、言語障害もある。
ご飯は食べさせれば食べるが、時間がずれても訴えてくるような事はない。
話しかけても返事はないし、話が聞こえているのかさえ分からない。
たまに頷くようにして頭を動かすことがあるけど、本当にたまになので分からない。
うんこ、オシッコは垂れ流し、目は虚ろで何処を見ているか分からない事が多い。
最近ではそんな感じにまで症状が悪くなってしまっていた。
「前に話した通り、しばらくここでお世話してもらうことになったから」
「・・・」
「ちゃんとご飯も食べさせてくれるから心配ないよ。お風呂だって2日に1回は入れるし、家にいる時より快適だよ」
「・・・」
「お金はなんとかするから、心配しないでゆっくりしてていいからね」
「・・・」
「たまには様子見に来るからさ。兄ちゃんにも言ってあるから来てくれると思うよ」
父親は、今ほど症状が悪くなく、まだ意思疎通が図れていた頃に、兄と喧嘩別れのような形で疎遠になってしまっていた。
兄の方も2人の子供がいるし、忙しいのだろう。
敬太に預けてしまっている後ろめたさがあるのかもしれないが、世界で唯一の家族なのだ。たまには会いに来てやって欲しいと思ってしまう。
家では無く、このような施設ならば会いに来やすいのではないかな。
まぁこれも無理強いするような事じゃないので、兄に任せるしかないのだが・・・。
「んじゃ、行くね」
「・・・」
ゆっくりと父親は頷いた。
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