第35話 中身

 改札部屋の電源騒動があったので気が削がれてしまい、続けて探索する気にもなれなかったので、早朝に家に帰ってきた。


 家に着き、最初に父親の様子を伺うが、まだ寝ているようだ。

 敬太は大汗を搔いていたので、ひとっ風呂浴びる事にした。


 湯船につかり天井を見上げる。

 今日の稼ぎは凄かった。289万円。敬太の年収をたった一日で稼ぎ出してしまった。手元には、まだ稼いだ30万円ぐらいの現金があるし、それに今月の夜勤の給料をまだ銀行から下ろしてないという状況だ。

 少し前までは考えられない様な余裕がある。


 ぼんやりと、これからどうすればいいのか考えた。

 

 父親を介護施設に預ける?いやいや、ひと月に15~20万円かかる施設。父親が生きている間、何年、何十年と長いスパンで考えなければダメだ。

 今なら1,2年は問題ないだろうけどその後が見えない。無理すれば折角無くなった借金がまた出来てしまうかもしれない。まだこの話は保留にしておこう。


 仕事を辞めてダンジョンに籠る?

 いいかもしれないが、まだ早い気がする。ダンジョンについて何も知らない、知らなすぎる。毎日狩りまくっていてモンスターが居なくなりましたとか十分にありえる話だろう。まだまだ検証が足りない。今日だってATMに営業時間がある事を初めて知ったぐらいだ。「仕事」と言う生活の柱を挿げ替えるのは軽率に思える。よってこの話も保留だ。


 大金を手に入れ浮かれていたが、良く考えて見ると案外そうでもないかもと思い直した。借金生活が続いていて短期間でまとまったお金を手にしたので、舞い上がってしまっていたようだ。少し冷静に現実を見つめよう。




 数日後、午前中にやってきたデイサービスのおばちゃんに相談して、週2回の父親のお風呂を週3回に増やしてもらった。これぐらいなら問題ないだろう。




 平日の仕事終わり、これまでは疲れが溜まるのでダンジョンに行くのを敬遠していたが、ポーションのチカラを確認出来たので、毎日少しでも時間を作りダンジョンに行くようにした。


 投網戦法でブレイドラビットを叩きポーションを手に入れたり、蜂の巣の様な部屋に突っ込んで暴れまわったり。

 それで疲れたらポーションを飲みリフレッシュする。


 休日の様に荒稼ぎは出来ないが、少しずつだが確実に稼いでいく。





 そんなある日、いつものように仕事を終えて改札部屋に入ったところ、ATMの画面に見慣れないタイマーが出ていた。



チャージ   お引き出し

スキル    ネットショップ


         97:32



 なんだろう?しばらく眺めていると「97:31」となった。どうやら何かをカウントダウンしているようだ。97時間半後に何かが起こるのだろうか?

 日数換算すると4日後か。とりあえず考えても分からない事は考えてもしょうがない。

 ただ一つだけ、あれかな?と思い当たる事があるのだが、まぁ、なるようになるだろうとスルーを決め込んだ。



 4日後・・・。

 仕事が終わり、いつもならダンジョンに入っている時間なのだが、今日はタイマーが「00:09」にまで進んでいるので、ATMの前にダンボールを敷いて座って待機している。


 敬太の予想はこの4日間でも変わらなかった。たぶんそういう事だろうと当たりを付けている。ATMが突然爆発したり、改札部屋が突然潰れたりとか、カウントダウンしているタイマーを見ていると変な想像してしまうけど、ちょっと前から聞こえる小さな音がそれらを否定しているので、安心して座っていた。


「00:01」


 なんだか緊張してきてしまう。シーンと静まり返る部屋の中にカリカリと何かを削るような小さな音がしている。


「00:00」


 タイマーは数回点滅して消えていってしまった。一応、改札部屋の扉を開けてダンジョンに通じているかを確認したが、思った通り何も変化は無かった。


 部屋の中にはカリカリという音だけが響いている。

 ちょっと遅れているようだが是非とも頑張ってほしい。


 カリカリカリ・・・。


 音の正体はこいつ、宝箱型小箱に大事にしまい込んでいたペットの卵だ。出て来ようと内側から削っているんだろう。カリカリと音がしてる卵にはヒビが入っているのが見える。


 敬太の予想通りにATMのカウントダウンは卵が孵るまでの時間だったようだ。

 ATMから出てきた卵なのだからATMと無関係ではないのだろう。たぶん・・・。


 卵の様子を見ていると、突然大きく割れて中から毛むくじゃらなのが顔を出してきた。


「ミーミー」


 ん?何か鳥系が出てくるだろうと予想していたのだが、ちょっと違う気がする。

 嘴が短い、いや無いし。前脚で殻を押しのけてるし、耳が頭の上に付いてる。


「ミーミー」


 それに鳴き声が猫っぽいし。卵から産まれるのかい?猫ってさあ・・・。


 上手に前足を使って殻を割ると、体が外に出て来た。4本脚で毛が濡れていて、プルプル震えながら立ち上がろうとしている。


 敬太は手を出してもいいものか分からず、おろおろと見守っている事しか出来ない。赤ちゃん猫は上手く立ち上がれずに転んではプルプルして、プルプルしては転んでいた。だが、突然思い出したかのように自分で割った卵の殻をバリバリと食べ始めてしまった。


 これ、いいのだろうか?卵から産まれてくるような猫の生態なんて何も知らない。まぁ殻を食べたぐらいで死ぬような事もないだろうから、好きなようにさせておいた。



 結局全ての殻を食べてしまったようだ。

 満足したのだろう。ぺたりと床に這いつくばり、じっとしている。


 まだ毛が濡れているのでタオルで拭いてやる事にした。

 摘まみ上げると手のひらに収まるようなサイズで凄く小さい、目もまだ開いてないようだ。「ミーミー」と赤ちゃん特有の甲高い声で鳴いて、敬太に拭かれるがままになっている。


 体を拭き終え、拭いたタオルを折りたたんで床に置き、その上に赤ちゃん猫を降ろしてやる。目が開いてないのに敬太の方に顔を向けて「ミーミー」と鳴いくる。

 何を訴えているのか分からないので、指先で頭を撫でてやると、それで満足したのか静かになった。


 さて困ったなぁ。てっきり卵だから鳥系が出てくるとばっかり思っていたもんだから、何の準備もしていない。

 ケージやらトイレやら、猫を飼うとなったら色々必要になるだろう。幸いダンジョンに来てから、お金には少しばかりだけど余裕が出来たので問題ないけどね。

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