第19話 精神力

「しんどいわー」


 ウサギの鳴き声で、がっつり精神力が削られた。

 屠殺場の人はいつもこんな思いをしているのだろうか・・・。

 何事もやってみないと分からないものだ。


 利益の為に他の命を奪う。人間がいつもやっている事、大丈夫。人間は慣れる。慣れるまでが大変なだけ。うむむ・・・くじけそうだ。


 しかし、死体が煙になって消えてくれるのは助かる。どんな原理でそうなってるのか知らんけど。血を見ないで済むのは、正直ありがたい。





「はぁ、行こか・・・」


 もう戻ってしまおうかと迷ったのだが、体力的には余裕なので、もう少しだけ先に進んでみる事にした。



 トンネルのような穴は10mぐらい先で大きく右に曲がっていた。その為それ以上先は、今いる入り口からは見えない。


 敬太がトンネル内に入ると、トンネルの中は明るくなる。身に付けているライトの数々が壁や天井に反射して、より明るくなるのだろう。



 何事も無く、トンネル内を大きく右に曲がって進んで行くと、トンネルの出口に開けた場所が見えて来たので、歩きながら先の部屋の様子を探る。


 部屋の隅にウサギを2匹発見。逆の隅にも2匹いる模様。

 多いな・・・。


 先にあった部屋は、四角くバスケットのコートぐらいの広さで、右と左に先に続くトンネルが見える。正面は何も無い壁だ。

 ウサギが全部で4匹もいる部屋。思わず入るのを躊躇ってしまう。


「12万円・・・12万円・・・」


 敬太は魔法の言葉を唱え、意を決して部屋に入る。

 左奥の隅にいる、背中を向けている2匹のウサギに狙いを付けて、音を立てないように、忍び足で向かっていく。

 

 ウサギに近づいていくと、背中を向けていたクセに敬太の気配に気が付いたのか、1匹がクルッと顔をこちらに向けてきてしまった。耳を立て鼻をヒクヒクさせているのが見える。


 「ちくしょう!」と呪詛を呟きながら、敬太は地面を蹴り一気に迫った。こちらに顔を向けた1匹は、危険を察したのか壁際を走ってササッと逃げていってしまう。しかし、後ろを向いたままのもう1匹のウサギは、隅にいたのが悪かったのか、逃げ場を失ってオタオタしているのが見てとれた。


 その隙に敬太は木刀を振り下ろす。


「コッ」


 背後から首の辺りに、しっかりとした一撃。苦しむような時間は無かったと思う。木刀で打たれたウサギは倒れこんだまま動かなかった。

 

 横を抜け、逃げたウサギを探すと敬太の後ろ5~6mのところで、こちらをじっと見て座っていた。

 ばっちりと目が合ってしまったので、何となく目をそらす事が出来ずにいたら、視界の端に白い塊が飛び込んでくる。まさかと思いそっちに意識を向けると、部屋の逆の隅に居たはずの、もう2匹のウサギが、走って敬太に近づいてきていた。


 やはり仲間を呼ぶ機能でも付いているのだろうか?


 敬太が余計な事を考えていると、その隙を突かれ、座ってじっとしていたウサギも動き出し、低い体勢で突っ込んで来てしまっていた。

 少し反応が遅れてしまったが、すぐに腰を落とし、突っ込んで来るウサギのスピードに対応して、そのままウサギの頭に木刀を振り下ろした。

 体重が乗った木刀は威力充分、辺りに骨を打つ音を響かせた。

 

 先程見えた、逆の隅から走って来ていたウサギはと言うと、既に敬太の顔に向かって飛んで突っ込んで来ていた。


 「ギリリッ」とヘルメットを爪で引っかきながら、敬太の顔に体当たり。

 突然、中型犬程の大きさの物が顔に体当たりをして来た衝撃に、敬太は吹き飛ばさてしまう。

 ゴロっと地面にひっくり返ると、すぐにウサギが体の上に乗ってくる。


 敬太は木刀を振り下ろし、仕留めたウサギに集中していたので、頭の方に突っ込んで来たウサギを意識しておらず、突然の突撃に、一瞬何が起きたかのか分からずに驚いて倒れてしまっていたが、体の上にのしかかるウサギの姿が見えたので、やられたのだと、ここで理解が追い付いた。


 その後、リュックを体の下敷きにしてしまっているのに気が付き、かなり焦ってしまった。リュックの中にはペットの卵が入ってるのだ。もちろん宝箱型の小箱に入れて、緩衝材を詰めてあるから大丈夫だと思うが、気持ちがいいものではない。


 敬太の上にのしかかっているウサギの耳をつかみ、適当に放り投げ、素早く立ち上るが、すぐにウサギは戻ってきて足元に歯を立ててくる。

 相手との距離がある程度無いと木刀を振る事が出来ないので、安全靴で蹴とばしてウサギとの距離を作る。


「キー!」


 蹴られたウサギが痛がった声を上げたが、そう長くは鳴かせなかった。すぐに木刀を振り下ろし静かにさせたからだ。残り1匹。


 最後に残ったウサギは、丁度いい高さで突っ込んできたので、野球のスイングで打ち抜いてやった。


 これで、部屋に居た4匹を殺れたのだが、見落としは無いか、念の為部屋をもう一度確認した。ぐるっと見渡してみたが部屋には何もいなかったので、急いでリュックを下ろしペットの卵を確認する。

 恐る恐る小箱を開け中を見てみたが、茶色い卵は割れていなかった。緩衝材を詰めたのが良かったのだろうか、意外と大丈夫そうなので安心した。



 部屋の中にパラパラと落ちている一万円札を拾い、ちょっと小休止する。

 お茶を口に含み、何となく草刈り防護ズボンを見ると何本か線状の筋が入っており、切れてはいないがダメージは受けてしまっていた。生地が厚いだけのシャカシャカと音が出ちゃう雨具の丈夫なやつって感じなので、耐久力がちょっと心配になってしまった。


 まぁズボンが破れた訳ではないので、もう少し先に進もうと思う。

 何故なら、あれだけ攻撃されたのにも関わらず、怪我ひとつ負ってない事実に気が付いてしまったからだ。

 それで1匹3万円だよ3万円。ようは考えようだ、考えよう。


 ウサギの鳴き声聞くと、ごっそりと精神力を持っていかれるが、利益の為に命を奪うなんて、人間の得意技じゃないか。


 連続で戦い、生き物を殺す事に慣れつつあるのだろうか。

 それとも、拾ったお金の多さに興奮しているだけなのだろうか。

 

 いずれにせよ、この先もやって行けるのではないかと自信がつくぐらいの快勝を収める事が出来た。

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