第20話 ブレイドラビット
ウサギが4匹いた部屋は片付いたので、先に進もうと思う。
入ってきたトンネルを背に、右と左の壁に横穴が開いていて先が続いているので、右の横穴に進む事にする。特に理由は無い。何となくだ。
この横穴も天井がアーチ型をしており、広さも車が通れるぐらいある。まさにトンネルだった。先を見ると、10mぐらい先から大きく左に曲がっており、その先は今のところ見えない。
大きく左に曲がりながらトンネルを進んでいく。
カーブを曲がり終え、見通しが効く様になってから、ハンディライトで先を照らすと、トンネルの出口は地面が白くなっていた。先の部屋一面に広がる白い地面。なんだか絨毯の様にフサフサしているようで、それが部屋の奥の方まで続いている。
いつもの土色の地面と違い、真っ白な地面なので、見入ってしまい、随分と部屋まで近づいて来てしまった。そして、ここまで来てようやく気が付いた。先に見える部屋の中、床一面に敷き詰められている白いフサフサは絨毯ではなく、ウサギの群れだという事に。
ウサギの毛皮の敷物ではなく、生きている何百匹ものウサギの集まりが絨毯の様に見えていたのだった。どうしてこれだけの数でかたまって部屋に居るのか謎だが、そんな事は今はどうでも良い。兎に角、逃げないと今度こそ死んでしまうだろう。
1匹1匹は木刀で叩き殺せる程度の強さだが、見た感じで200~300匹ぐらいの大集団のウサギ。そんな集団に襲われたら身動きも取れずに、体の端から全て齧られていってしまうだろう。数の暴力には勝てないのだ。
部屋の入口までもう少しってところで、ゆっくりと回れ右をして静かに逆方向へと歩き出す。ウサギに感づかれない様にそっと逃げ出すのだ。
しかし、数歩進んだだけで後ろから嫌な気配が漂い始め、たまらず振り返ってみると、白い絨毯の一部が分離してこっちに向かってくるのが見えた。
パッと見ただけなのでちゃんとした数は分からないが、10匹以上のウサギが部屋を離れ、敬太を追いかけ始めている。
「ですよね~」
追いつかれてなるものかと敬太も走り出す。
トンネルが大きく右に曲がり、先程綺麗に片付けた部屋の入口までもう少し・・・。
しかしそこで、急に背中を突き飛ばすような衝撃があり、思い切り前につんのめり地面に転がってしまう。どうやらウサギに追いつかれたらしい。だが、敬太の前に進む勢いは止まらず、地面を転がったまま、どうにか先程片付けた部屋に入る事が出来ていた。
ここで、部屋の隅っこに陣取れば何とかなるかもしれないという考えが浮かび、よろめきながらも立ち上がり、部屋の隅を目指して再び走る。
その途中でも後ろから足に突っ込まれ、また転びそうになったが、なんとか踏ん張り、部屋の隅にまでやって来る事が出来た。そこでクルリと振り返り壁を背にする。注意するのは前方の90度だけ。
多少、木刀は振り回しにくいけど、それ以上に隅っこは安全地帯だと思う。足を開き腰を落とし、素早く反応出来るようにして、ウサギを迎え撃つ態勢を整えた。
敬太を追ってきたウサギは10匹以上になるだろう。正確な数は数えていない。
すぐに向かって来るウサギに、片っ端から木刀を振り下ろし始める。木刀をすり抜け、足に噛みついて来るウサギがいれば、足を蹴り上げ突き放し、腕や肩に噛みついてきたら、体を捩じり振りほどく。
すぐ後ろが壁の為、木刀を大きく振りかぶれないので、しっかり頭に当てないと致命傷を与えらない様で、そのせいか、敬太に飛び掛かるウサギの数がなかなか減らず、かなり乱戦模様になって来てしまう。
懸命に木刀を振り下ろし続け、叩きつけ、どうにかこうにかウサギを煙に変えていってはいるが、目の前に群がるウサギの数が減っていっているのかは正直分からない。なんせ、さっきからトンネルを通って追加のウサギが時々やって来ているのが見えているのだ。
ウサギの数は10匹倒した所までしか数えてない。そこからは無心になった。
うしろの壁にもたれかかり、どうにか木刀を振り下ろし続ける。
息が上がりヘルメットの中が曇って行く。
(ダメだ曇って前が見えない・・・)
ヘルメットのシールドを上げようとしたが、ヘルメットの上にヘッドライトを付けているので、それが邪魔になりシールドが上がらない。前から分かっていた問題点、改善しておけば良かった・・・。
諦めてヘルメットを脱ぎ捨てた。
ヘルメットは地面を転がり、ウサギはそれを避けている。
ヘルメットはコロコロとしばらく転がっていたが、やがて止まりヘルメットについているヘッドライトは明後日の方向を照らしている。
既にズボンは破れ始め、防具の意味を成していない。足に噛みつかれる度に痛みが走る。草刈り防護ズボン、お金が無いので安い物で済ませようと思ったのが、失敗だった。所詮、草刈りの時に履くようなズボンだったようで、鋭いウサギの歯には敵わないらしい。
腕のアームカバーも破れているが、その下に着ている防刃ロングTシャツが仕事をしているのだろう、腕にも痛みはあるが血は出ていない。
足元には一万円札が乱雑に散らばっており、その上を中途半端に木刀に打たれたウサギが痛みに転げまわっている。「キーキー」とあちこちから鳴き声が響き精神力もガリガリと削られていく。
どれぐらい時間が経っただろうか。気が付くと敬太を取り囲むウサギの層が薄くなっていた。
先程までは目の前の90度の空間に7~8匹のウサギが詰め、仕掛けて来ていたのだが、今は目の前に4匹しかいない。その後ろには2匹程、控えているだけ。それ以外のウサギは部屋の中には見当たらない。
終わりが見えた。
敬太は最後のチカラを振り絞り、ウサギを蹴散らす。
後ろに控えていた2匹のウサギは一度木刀を喰らっているのか、動きが遅かった。
最後の1匹のウサギが煙に変わると、敬太の荒い息遣いだけが辺りに響いた。
足はボロボロであちこち痛み、すぐにでも座り込んでしまいたいが、あの白い絨毯の様に密集している部屋のウサギの数は、こんなもんじゃないだろう。急いでここから逃げ出さなくてはならない。
もし、また追加のウサギが来てしまったら、今度は倒しきる事は出来ないだろう。
近くに落ちているヘルメットを拾い上げ、その中に落ちている一万円札を詰め込む。ウサギがやって来るトンネルを気にしながら、せっせと手を動かし戦利品をかき集める。
地面に四つん這いになりお金を集め続けていると、ふと、何かが手に当たりコロコロと転がった。何かと思えば、それは見た事がある小瓶だった。
『鑑定』
ポーション
回復(小)
飲み薬です。
はい、きたあああああ。
足のダメージが思っていたよりひどく、一部骨が見えているような傷さえあったので、正直困っていたのだ。急いでポーションを飲む。
「ゴクリ・・・」
きたああああ。強いお酒のような熱い感じ。お腹の中が燃えてくる。しばらく悶えていたが、それを通り越すと凄くさっぱりした気持ちになった。
熱くなっていたお腹が落ち着いたので、足を見てみると。
「治ってる・・・」
敬太、2度目の経験。相変わらず摩訶不思議なチカラだ。
骨が見えてしまうぐらい深い傷も、あっという間に治ってしまっている。少し傷跡が残っているが、もう痛みはない。ポーション恐るべし。
しばらく謎の回復力の余韻に浸っていたが、ハッと気が付き、静かに残りの一万円札の回収を再開した。
その後はウサギが襲ってくる様な事は無く、全ての一万円札を回収し、さらに幸いなことにポーションを合計で3本も拾う事が出来たのだった。
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