第14話 つるはし
その名は「つるはし」
今はもう日本国内では作られていないと噂される、消えゆく定めの名将だ。
恐る恐る手を伸ばし、その柄を掴む。重さは大ハンマーよりちょっと重いぐらい。柄の長さは1mはあるだろう。先端のその尖った凶悪なフォルムは他の追随を許さない。雪山登山に使うピッケルの巨大版だ。尖っていない方は何に使うか知らないけど。
とにかく一目惚れだった。
大ハンマーを棚に戻し、つるはしを持ちレジへと向かう。
「5,270円になります」
スッと先程ダンジョンで拾った一万円札を出し会計を済ませると、つるはしの柄にホームセンターのシールが張られた。
いい買い物が出来たなと気分よく店の外に出て駐輪場に向かい、自転車の鍵を開けてから気が付いた。
つるはしを担ぎながら自転車に乗るおじさん。
何その画。通報するよね。
慌てて店に戻り、閉店作業で自動ドアのカギを閉めようとしていた店員さんに事情を話して、何とか持ち帰り用のダンボールを貰うことが出来た。
それから駐輪場でダンボールと格闘する事10分。なんとか、つるはしの先の凶悪な部分を隠す事が出来たので、駅へと向かった。
道中は、誰にも声を掛けられる事なく、無事に改札部屋に戻ってこれた。
静かに「く」の字に曲がった金属バットが出迎えてくれる。
大丈夫だ、仇はとってやる。
ヘルメットやらライトやらを再び身に着け、しっかり装備し直したら扉から出る。
肩につるはしを担ぎ階段を上り、ダンゴムシがいた部屋に辿り着く。部屋の様子は先程と変わりない。
さっき叩いて背中が少し凹んでいるダンゴムシも変わらない場所にいた。
代打「金属バット」に代わりまして「つるはし」
背中が少し凹んでいるダンゴムシの前につるはしを構えて立つ。
足を開き腰を落とす、つるはしの柄を握りしめ大きく振りかぶる。
「バットの仇じゃあ!」
勢い良く振り下ろされたつるはしの尖った先が、ダンゴムシの外殻をバスッと音を立てて突き破る。それでも勢いは止まらず、つるはしの先の半分ぐらいがダンゴムシの中にめり込んでいた。
つるはしが深く突き刺さるとダンゴムシの足がワラワラと激しく動き出す。敬太はもう一発ぶち込んでやろうと刺さったつるはしを必死に抜こうとするが、まったくもって抜くことが出来なかった。あーでもない、こーでもないと、つるはしを引き抜こうと色々試していると、突然紫黒の煙が噴き出しダンゴムシを包んでいった。
敬太はちょっと驚き、つるはしから手を放して2~3歩後ずさり、煙の様子を眺める。
次第に煙が薄くなると、カランと音を立ててつるはしが地面に落ちた。そして、そこにいたはずのダンゴムシは跡形もなく消え去っていて、代わりに一万円札が地面に落ちていた。
「仇はとったぞ・・・」
独り呟き、つるはしと一万円札を拾った。
ダンゴムシは一万円札を2枚落としていた様だ。この硬さ、倒し辛さで2万円かよと思ったが、よく考えるとダンゴムシは何の攻撃もして来なかった事を思い出し納得した。
ウサギのように噛み付いてきたり、蜂のように刺してくるわけでもなく、ただただ硬く、そこに丸まっているだけで、強いて言えばワラワラと動く足が多くて、気持ち悪いだけだったのだ。
周りを見渡して、この部屋にダンゴムシしかいない事を確認してからヘルメットを脱いだ。
リュックからペットボトルを取り出し小休止。
ホームセンター往復からのダンゴムシ退治でバタバタしてしまっていた。
お茶で喉を潤しながらハンディライトで部屋を照らし、残っているダンゴムシの数を数えると、この部屋には後5匹残っている。多くもなく少なくもなく、丁度いいかもしれない。取り敢えずダンゴムシは殲滅させることが決定した。
小休止を終え、ヘルメットを被り直し、リュックを背負ったら準備はOKだ。早速次のピルバグと言う名のダンゴムシの元へと向かう。
ダンプカーのタイヤみたいなダンゴムシ、不思議な事にまったく動かない。
グルリと1周ダンゴムシの周りを回って様子を見ても動かない。ご飯とかどうしているんだろうとか疑問は絶えないけど、とりあえず殺りますか。昆虫系は気が病まないから楽だ。
「よいしょっ」
深々とつるはしが突き刺さる。
殺ったかどうか手を放し様子を見るが、ダンゴムシは足をワキワキさせているだけで、煙を出す様子は無い。仕方がないのでもう一発だなと、刺さっているつるはしを抜きにかかる。
ぐりぐりしたり引っ張ったりするが、つるはしは中々抜けない。ダンゴムシに足をかけ引き抜こうとしたり、ねじりを加えて抜こうとするが、びくともしない。
なんだこれ。つるはしを振り下ろすより、抜こうとする方が疲れるじゃないか。
精一杯のチカラを込めて引き抜こうとする。
「うぅ~~~」
ぐりぐりしたりしながら、どうにかつるはしを引き抜こうと戦っていると、急にダンゴムシから煙が噴き出してきた。
敬太は慌ててつるはしから手を放し、後ろに下がる。
すでに、はぁはぁと軽く息が上がっていた。
煙が薄れてくると、つるはしが地面に落ち、後には一万円札が落ちている。
お金を拾い、次に向かう。
「パスッ」
薄い鉄板が突き破られる様な音をダンジョン内に響かせながら、ダンゴムシの硬い外殻につるはしを突き立てる。
つるはしはダンゴムシの体に深々と突き刺さっているのだが煙は出てこない。仕方がないので、またつるはしを引き抜こうとチカラを入れてぐりぐりしていたら、ダンゴムシから紫黒の煙が噴き出してきた。
これ、ぐりぐりがしんどいんだけど~。
もはや呼吸は乱れ、ヘルメットの中は激しい息遣いで曇り、前が見えにくくなってしまっている。
視界を確保するのにヘルメットのシールドを上げようとしたのだが、ヘルメットの上に付けていたヘッドライトが邪魔して、シールドが上がらない。
これでは作業が出来ないので、ヘルメットを脱ぐと、思った以上に汗をかいているのに気が付いた。日頃の運動不足が悔やまれる所だ。
お茶を飲み再び休憩を入れ、息を整える。
今までつるはしを使った事がなかったので、どうやって扱えばいいのかコツが分からない。イメージだと地面とか掘るときに使ってそうだけど、振り下ろす度に抜けなくなるのに、どのようにして使っているんだろうか?
つるはしを見つめ、ぼんやりと考える。
そこでふと、テレビで見た事を思い出す。どんな番組だったかは思い出せないが、つるはしでアスファルトをめくり上げ、浮かしたところをハンマーで叩き割るという昔ながらの手作業の道路工事風景。それが脳内で再生された。
つるはしをアスファルトの下に潜り込ませるように振り下ろして、てこの原理で柄をくいっと持ち上げていた。
そうか「くいっ」とすればいいのか。
単純なもんで、なんだか分かった気になってやる気が復活した。
休憩をお終いにして、ヘルメットを被ると次のダンゴムシへ向かっていく。
「パスッ」
よし。振り下ろしは上手くいっている。深くまで刺さっている。ここから、つるはしの柄を「くいっ」と立ち上げればいいのだろ?
「よいしょ」
つるはしの柄をてこの原理を使い「くいっ」とやるとダンゴムシのワキワキしていた足が止まり、煙が噴き出してきた。どうやら上手くいったようだ。
一息で仕留められ、かなり早く殺れ、しかも楽だった。
一度つるはしの扱いのコツを覚えたら、そこからは早く、あっという間に部屋に残るダンゴムシの殲滅が完了した。
さて、腕にきちゃってるから一旦戻ろう。
きっと明日か明後日には筋肉痛なんだろうなぁ。
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