第11話 分岐点
ニードルビーを1匹倒した後、現在地を見失わないように壁際に戻り、そのまま壁沿いに進んでいくと、前回ウサギが潜んでいた部屋の隅に辿り着いた。
しっかりとヘッドライトで辺りを確認するが、今回は何もいない様だ。
ぱっと見で「隅っこ」って分かる様な、石の壁と石の壁が直角になっている所。今いる場所が地下施設なのか地下道なのかは分からないけど、ここは人が手を加え作った場所なのだろうか?不思議な場所だ。
不思議な隅っこを通過して、進路を90度変え、そのまま左手を壁に添えたまま、壁沿いにしばらく進むと、壁に大きな穴が開いている場所に出た。
大きな穴の奥を見ると、光が届く範囲では道が先に続いているのが見える。
この横穴に入って中を探索するか、それとも一旦スルーして壁沿いに進むか。
立ち止まり、どちらに進もうかと悩んでいると、ヘッドライトで照らしている穴の奥から白い奴がぴょこんと現れた。
『鑑定』
ブレイドラビット
歯が鋭く「刃」の名前を持つが、名前負け感が否めない
すかさず【鑑定】を入れる。
名前はブレイドラビット、直訳すると刃ウサギか。結構安易な名前だった。
「なるほどな」と鑑定結果を面白がって見ていると、そのままウサギが突っ込んで来るのが視界に入る。
敬太も負けじと迎撃するつもりで金属バットを構えたが、生きている動物に攻撃を加えると言う事に躊躇してしまい、金属バットを振り上げたまま固まってしまった。
中型犬程の大きさの動物に、容赦なく金属バットを振り下ろすと言う行為は思ったよりハードルが高かった様で、ビビってしまったのだ。
そんな敬太の事情など知る由もないウサギは、鋭い突っ込みで足元に迫ってくる。
敬太は咄嗟に片足を上げてウサギを躱そうとしたが、上げていない方の軸足もろとも体当たりされ、そのままの勢いで押し倒されてしまった。
敬太が仰向けで地面に倒れると、ウサギが体の上にのしかかって来て、よじ登る様に顔の方に迫ってくるのが見えた。頭にはしっかりとフルフェイスのヘルメットを被っているので怪我はしないと思うが、顔に近づいて来る様子に恐怖を感じてしまう。
敬太は咄嗟にウサギを払い除けようと何も持ってない方の手を出す。すると、その手にカプリと噛み付かれ、締め付けられる様な鈍い痛みが手に走った。防刃手袋のおかげで噛み切られることが無くてもなくても、噛み付く圧力で手の骨が折れてしまいそうだ。
「いたたたたあ!」
これはまずいと、もう片方の手にある金属バットを握りしめ、チカラ一杯ウサギに叩きつける。
「放せっ!」
ボクッとウサギの腹に金属バットが当たると、噛んでいた手を放し、敬太から離れて行った。寝転んだまま腕のチカラだけで叩きつけた金属バットは、それでウサギを倒す程の威力は無かったが、距離を取るのに成功する。
敬太は急いで立ち上がり噛まれた手の様子を見る。
噛まれた場所は結構痛いが手袋が切れていたり、穴が開いていたりはしていないようだ。
ゆっくりと手を握ったり開いたりして具合を確かめるが、骨も大丈夫そうだった。
気を取り直し、バットを両手で握りウサギを見ると、ウサギもまた敬太を見ていた。
ここだ、ここが分岐点だ。殺れるか、殺れないか。
前回やられた事を思い出せ!傷の痛みを思い出すんだ!
奥歯を噛みしめ、気合いを入れ、大きく息を吸う。
「あああああああああぁぁぁぁ!」
敬太は一歩踏み出しゴルフのようなアッパースイングを放った。
すると、「コッ」と金属バットに硬い物が当たる感触がし、ジンジンと手が痺れた。上手い事、金属バットの先がウサギの顔に当たりぶっ飛ばす事が出来た様だ。
結構な手応えがあった感じがするが、どうだろうか。
吹き飛んだウサギを見ると地面に倒れているが、今にも立ち上がってきそうな気がしてしまう。いつでも反応出来る様に身構えながら数秒間、時間が止まったかのように様子を見続けていると、突然ウサギから紫黒の煙が噴き出してきて、ウサギの体を包み込んでいった。
やがて煙が無くなると、そこには今度も一万円札が落ちていた。
敬太はここでようやく大きく息を吐くと、体のチカラを抜いた。
やっぱり殺生には慣れない。お前肉食ってんのに何言ってんだよ、と言われればぐうの音も出ない。屠殺してくれている人には感謝しています。
敬太は精神的なダメージを受け、トボトボと歩いて地面にしゃがみ込む。
「1,2,3万円っと」
やはりこのウサギは3万円落とすらしい。
お金は手早くウエストポーチにしまっておく。
今回は小瓶は出なかった。お金以外はランダムなのだろうか?
分からない事だらけだ。
防刃手袋を外し、噛まれた所を再度確認するがちょっと赤くなっているぐらいで問題はなさそうだった。手を動かして見ても握力が戻って来ている。
しかし、殺すと決意して臨んだつもりだったのだが、いざ目の当たりにすると躊躇してしまった。そんな自分が情けなく少し落ち込んでしまう。
結局、見つけた横穴には入らず、その穴を通り越して、また壁沿いに歩いて行く事にした。穴に入ると、またウサギが出て来そうな気がしたからだ。
少々ビビッてしまっているのかもしれない。
壁沿いにちょっと進むと、また正面に壁が見え始めた。2個目の隅っこの様だ。
隅っこは壁と壁が直角にあるので警戒する面積が四分の一に減る場所だ。なので、ちょっと休憩する事にした。
背負っていたリュックを下ろし、中からペットボトルのお茶を取り出す。それから蓋を開けて、飲もうとしたがコツンとペットボトルをヘルメットにぶつけてからフルフェイスのヘルメットを被っていたのを思い出した。
誰も来ませんようにと、祈りを込め急いでヘルメットを脱ぎ、お茶をゴクゴクと一気に煽り、すぐに被りなおした。
緊張やら何やらで喉が渇いていたので、お茶がとても美味しかった。
軽い休憩を終え、気持ちを新たに先に進む。
壁に手を付けながら、あちこちに首を振り、ヘッドライトの明かりで暗闇を照らし、周りを警戒する。歩みは遅いが着実に前に進んで行く。
何も起こらずに3個目の隅っこに着く。
真っ暗な中、ヘッドライトの光を目で追いかけ続けてるので、地味に目が疲れてきている。大きく息を吐き、気合いを入れ直す。
3個目の隅っこから少し進むと、今度は上に向かう階段が出て来た。
階段は20段ぐらい登った先に踊り場があり、そこで折り返しになっている様で、そこから先が見えない。ただ、微かだがニードルビーの「ブーン」という羽音が聞こえてくる。多分、踊り場の先にいるのだろう。
真っ暗な中、気を張って歩いていたので、既に結構疲れてしまっている。
いつも通りに夜勤を終え、それからダンジョンを歩いているのだ。当然と言えば当然の疲れだろう。普段ならば息抜きをしている時間なのだ。
よし、今日は階段の先に進むのは辞めておこう。無理は禁物だ。
後日ライトをどうにかしてから挑戦する事にした。
階段を通り過ぎ、壁沿いに歩き続けると4個目の隅っこに辿り着き。それから少し行くと改札がある部屋の扉の前に戻ってきていた。
扉を開け、中に入ると何もない改札部屋。
やはり明るい場所は気が休まる。
これで扉の前の部屋をぐるりと1周してきた事になる。4つ隅がある長方形で、改札部屋の扉を背に、左手に横穴。右手に階段があるのが今日で分かった。
とりあえず、圧倒的に明かりが足りないので、今日の探索はこれで終了としておく。
2度目の探索は1時間ちょっとで4万円の稼ぎとなった。
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