第9話 きっかけ

 日が明け、12月31日大晦日。


 この日はホームセンターに出かけ、生活に必要な細々した物を買い漁っていた。

 考える事は皆同じなのか、大晦日だと言うのに昼間から人が多く賑わっており、それを見越した店内には正月の物を扱っている色々な特設コーナーが作られていた。

 無駄使いする気は無いので、正月気分を味わいながら、なんとなく商品を眺めながら歩いていると、ふと、防刃手袋っていう物が目に入った。なんでも料理で包丁を使っていて、間違って指を切ってしまっても刃が通らず怪我をしないらしい。


 防刃か・・・それがあればダンジョンにいたウサギの攻撃に耐えられるんじゃないか?と頭に浮かんできたが、それと同時に怪我の痛みを思い出し、首を振る。

 命からがら逃げ出してきた場所に、また自ら行くなんて考えられない。

 確かに拾ったお金は魅力的だが、あれだけの怪我を負って数万円では割り合わない気がする。


 敬太は首を横に振りながらホームセンターを後にした。



 家に戻り、買ってきた物を片付けて、父親の世話をしたら寝床に入る。

 遮光カーテンを閉め、部屋を暗くし、いつもの様に大人しく布団の中で睡魔に襲われるのを待っていた。だが、ホームセンターで見かけた防刃手袋から妄想が膨らみ、少し現実離れした夢物語の様な事を考え始めてしまう。


 あのダンジョンで無双してお金持ちになったらとか、回復薬を手に入れ父親が元気になったらとか。ありえない妄想をしてしまう。

 横になりながらニヤニヤとし、想像の中の輝かしい自分の姿に浸り、次第に興奮が高まると、ついには、スマホをいじり出しママゾンで調べ物まで始めてしまった。


 防刃ベスト、防刃シャツ、アームガード、ネックガード、ステンレスメッシュズボン。調べると全身を固められる程、防具類がある。

 鎖帷子の様なステンレスメッシュズボンは7万円と高いが、それ以外の防刃性の物は2千円、5千円と買えない値段ではない。草刈り防護ズボン5千円、これもいい。

 これら全部を揃えればウサギなんかに噛まれても怪我はしないだろう。そうすれば、もっとダンジョンの奥に進んで行って、ポーションの回復(小)より性能が高い、回復(中)とか回復(大)とかの未知の物が見つかるかもしれない。そうしたら父親の具合も良くなるかもしれない。


 考えるとダンジョンって所には可能性が眠っているのかもしれない。

 人生逆転の一発が。

 妄想の中なので、何でも簡単に出来そうな気がしていた。




 しかし、夜になって目が覚めると冷静になり、眠る前に考えていた事は非現実的な事だと、考えを改める。

 あれだけウサギに噛みつかれ傷だらけになり、逃げ出した場所なのだ。

 怪我をした時の痛みと恐怖を思い出し、首を横に振る。




 ゆっくりとした大晦日の夜を過ごし、年が明け、兄の家に顔を出しに行き、甥っ子共にお年玉を渡す。今年はダンジョンで拾ったお金があったので小さな甥っ子共はニコニコだった。


 家に帰ると父親の世話をしてとっとと寝床に潜り込む。そして眠る前になると、また昨日のように夢物語を考え始める。


 スマホでママゾンを眺め、全身防刃コーディネートでいくらかかるか計算し、武器になりそうな金属バットやバールなんかを見て想像を膨らませる。


 しかし、目が覚めると無理だと思い知る。そんな簡単に出来るはずないだろうと。


 そんな現実と夢物語を繰り返していると数日が過ぎていった。




 正月休みをダラダラと過ごすと、あっという間に仕事が始まり、いつもと変わらない日常が始まる。

 厳しく、忙しい現実から余計な事を考える余裕がなくなり、いつしかダンジョンへの思いは薄れていってしまった。





 この日はデイサービスで、父親をお風呂に入れてもらっていた。


「森田さん」


 デイサービスで来てくれている、いつものおばちゃんが話しかけてくる。


「ちょっとお父さんの床ずれ、ひどくなって来ちゃってるね」

「え・・・そうですか」


 そう言われて、改めて父親のお尻の床ずれを見ると、確かに悪化している感じがする。以前は赤くなっている程度だったと思うが、今は皮がめくれてしまっている。

 正月休み中、父親の面倒見るのを少し怠けてしまったせいだろうか、辛い思いをさせてしまったようだ。夢にうつつを抜かしていた敬太は自分を責めた。


 デイサービスのおばちゃんはそれ以上、床ずれについて追及する事はなく、後は世間話に終始して、仕事を終えると帰って行った。色々な家庭を周り、色々な事情を知っているからなのか。プロらしい気遣いが、ありがたい。



 一見、他人から見れば大した事がないような日常の1コマだったのだが、敬太はこの床ずれで決心する事が出来た。もう一度ダンジョンに行ってみようと。そして父親にポーションを飲ませてあげ、床ずれを治してやりたい。敬太のふくらはぎを瞬く間に治したあの薬ならば、きっと治るに違いない。


 誰かに背中を押されるのを待っていたのかもしれない。なにかきっかけを待っていたのかもしれない。でも、だからこそ、そうと決めてからは行動は早かった。


 まずは確認から。

 本当にあのダンジョンは存在したのだろうか?

 ススイカ(改)でもう一度行く事が出来るのだろうか?


 敬太はあの時ダンジョンに入ってから、改札に近づく事なく生活を送っていた。通勤、買い物等は自転車で済むので、駅に行く用事が無かったとも言うかもしれない。

 大きなウサギを殺すと現金が落ちてくると言う、現実味が薄い、夢の中の様な出来事。果たして本当に現実だったのだろうか?

 

 早速、自転車に跨り駅へと向かった。今日は確認だけなので、持って行くのはススイカ(改)だけでいい。

 駐輪場に自転車を止めて、駅構内に向かう。

 あの時以来の改札だ。少しだけ緊張してしまう。


「ピピッ」


 あの時と同じ一番端の改札にススイカ(改)をタッチすると、電子音が鳴り、辺りが一瞬暗くなる。気が付けば前に来たあの改札だけがあった部屋に来ていた。


 改札とATM、正面に扉があって、何も変わりはない。

 天井の丸い穴からは明かりが差し込んでおり、床には茶色い染みが所々に見える。前回、敬太が汚した血の跡だろう。


 ここに実際に来れた事で、あれは夢ではなかったのだと実感する。夢物語で考えていた期待と、受けた痛みの恐怖。相反する二つの感情が胸に渦巻く。


 鼻から大きく息を吸い込み、口から細くゆっくりと吐き出すと、少し落ち着いた。


 改札は緑色の通行可の矢印が出ており、普通に動いてるようで問題はなさそうだ。

 部屋の隅にあるATMの画面を見ると「チャージ」の項目が出ていた。

 前回【鑑定】を覚えた後、何も映って無かったはずなので、気になり押してみる事にした。


『カードを置いて下さい』


 指示に従いススイカ(改)を置く。


『現金を入れて下さい』


 ガバっと投入口が開く。コンビニにあるATMと同じ様な感じなので財布を取り出し千円だけ入れてみる事にした。そうすると、投入口が閉まり、ガガガとお札を数える音がして、普通にススイカ(改)にチャージしただけだった。それだけ。


 今度は、部屋にひとつだけある扉に向かい、開けてみるが、その先も変わらず真っ暗だったので扉を閉めた。


 よし、確認は済んだ。先に進むのは、また今度だ。夢や妄想では無く、現実としてダンジョンがあったのが確認できたので、今日の目的は果たせた。


 部屋の中の改札にススイカ(改)をかざす。


「ピピッ」


 うん、いつもの駅の改札に戻ってきた。周りを見ても違和感なく日常の風景が広がっている。オールクリア問題なしだ。


 手にある自分のススイカ(改)を一度見つめ、足取り軽く駐輪場へと歩いていった。

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