第4話 現金

 辺りを見渡すと、頭を齧ってきたウサギが、赤い目を光らせながらジッと男を観察しているのが目に入る。だが、一度蹴とばしたもう1匹の足を引きずっていたウサギが見当たらない。


 また顔に汗が垂れてきた。ちょっと普段では考えられない汗の量・・・違う。この生温かさは血だ。頭を齧られ血が噴き出してしまっているのだ。

 チラリと先程拭った袖を見ると、赤く染まっているが見えた。


「いっ!」


 不意にふくらはぎに激痛が走り、堪らず後ろにひっくり返ってしまう。

 見当たらなかった方のウサギに後ろから噛まれてしまった様だ。


「あがっ!」


 時間差で肩に痛みが走る。同時にフゴフゴと言うウサギの荒い鼻息が耳に届く。

 目を離した隙に、様子を伺っていたもう1匹の方にも飛びつかれてしまった様だ。白い毛並みが視界に入って来る。

 あちこち連続で噛まれ、対応が追い付かなくなり、パニックになってしまう。


「わあぁぁぁ!!!」


 男は悲鳴を上げ、カメのように丸くなり地面に突っ伏した。

 それでもウサギの噛み付きコンビネーション波状攻撃は止むことなく、執拗に喰らい付いてくる。


 頭、肩、腕、尻、腿。あらゆる所に噛みついてくる。

 ヤバイヤバイ・・・このままでは出血多量で死んでしまう。


 なんなんだココは・・・。

 なんなんだ。


 ただ家に帰ろうとしていただけなのに、変な部屋に閉じ込められるし、スマホの画面は割られるし、買ったばかりの上着はビリビリだ。その上、見た事もない凶暴な大ウサギに噛み殺されようとしている。


 理不尽だ・・・。


 沸々と怒りが込み上げてくる。

 なんで、どうしてこんな目に遭っているんだ。

 もう嫌だ。クソ、クソ、クソ・・・。


 クソったれ。


 分かったよ、上等だ!命のやり取りしてやろうじゃねーか。ここでこのままなぶり殺しにされるぐらいならばあがなってやるぞ。道連れだ。もう、破れかぶれだ。


 それは、パニックになり、心が折れた後の開き直りだった。



 ちらりと、頭を抱える腕の隙間から周りの様子を伺うと、丁度、頭に齧りつこうとしているウサギが見えた。そのままゴリッと頭を齧られてしまったが怯まない。

 アドレナリンが出ているからなのか、開き直ったからなのか、先程までの様な痛みは感じ無い。


 頭に齧りついているウサギを、そのまま両腕で抱きかかえる。中型犬ぐらいの大きさのウサギがジタバタ暴れて、顔やら胸やらを引っかいてくるが離しはしない。

 鯖折りをするように腕に力を込めて、ウサギを抱えたままゆっくりと立ち上がる。そこから素早く抱え直し、ウサギの頭が下になるように抱き替えて、プロレス技で言うところのパワーボムの体勢に持っていく。


 肩に担ぎ上げる様にしてウサギを上まで持ち上げ、そこから勢いをつけ、体重を乗せ、地面に向かって投げつける。後頭部から地面に叩きつけてやるのだ。


 ドスンと言う鈍い音が響き、ウサギはパワーボムで叩きつけられたままの体制で後ろ脚だけを動かしている。その様は、まるで夢の中で走り回っている様にも見える。受け身の取れないウサギには効果覿面だっただろう。


 倒れているウサギから視線を外し、ジロっと後ろを振り返ると、そこには今にも飛びつこうとしていた、もう1匹のウサギがいた。


 男は素早く手を伸ばし、立派な長い耳を鷲掴みにし、ウサギの動きを制する。そこから耳を持って持ち上げようとするが、ウサギは耳が痛いのか、たいして暴れる事は無かった。


 ウサギの大きさは中型犬ぐらいあり、重さもまたそれぐらいあるので、片腕だけでは重くて持ち上げる事が出来ず、空いているもう片方の手でウサギの尻も鷲掴みにする。そこから一気にバンザイするように、勢いをつけ、頭の上まで持ち上げる。

 普段ならば持ち上げる事など出来ないぐらいの重さがあったが、火事場のクソ力と言うやつなのだろうか、頭の上にあげる事が出来た。

 

 ウサギの方は暴れる事なく、されるがままに、耳と尻を掴まれた状態で上を向いて固まっている。


 上まで持ち上げた後はさっきと同じだ。後頭部から地面に叩きつける様にして、高いところから投げ下ろすだけだ。

 男は勢いをつけ、ウサギを地面に向かって投げつけた。


 ウサギは地面に叩きつけられると、口元から血を出し、ピピピと細かい痙攣をしている。耳が持ちやすかったので、さっきのパワーボムより勢いがついていたのだろうう。


 やはり爺ちゃんの言っていた事は正しかったみたいだ。

 昔、戦後間もない頃、食料不足でウサギを食べていた時代があったみたいで、捕まえて来たウサギを締める際、後頭部をトンカチで軽く叩けばすぐ死ぬってのを、幼い頃に聞いていたのを思い出したのだ。


(爺ちゃん、ありがとう)


 随分と前に亡くなっている爺ちゃんにお礼をしてから、チラリと痙攣していたウサギ達を見ると、どっちも動かなくなっていた。

 




 「ふぅ~」と息を吐き、地面に落としていたスマホを拾い上げ、改めて動かなくなった白い物をライトで照らして見ていると、段々と冷静になり罪悪感が出てきてしまった。


 何も殺す事は無かったのではないか・・・器物破損でいくら取られるか。いやいや、危なかったから仕方が無かった・・・正当防衛だ・・・だからと言って・・・何も殺すことは・・・。


 自問自答が始まってしまう。



 男が自分の世界に入り込み、ふと気が付くと、地面に横たわっていたウサギが黒い紫がかった煙に巻かれていた。


 どうしたんだと、訳も分からずその様子を眺めていると、次第に煙が薄れて行き、煙の中に居たはずのウサギの姿が忽然と消えてしまっていた。そして、何故かウサギが消えてしまった後には一万円札が数枚落ちていた。


 ライトで周りを照らして確認するが、ウサギは跡形も無く消え去り、代わりに間違いなく一万円札の福沢諭吉が落ちている。


「1、2、3・・・」


 お札を拾い上げて枚数を数えると3万円、少し離れた所にも3万円。ウサギ2匹分、合わせて6万円が落ちていた。他にもリップクリームぐらいの小瓶の中に液体が入っている物が落ちていた。


 どう言う事なのか、さっぱり分からないが貰えるものは貰っておこう。


 男は、まだ破れていないポケットを探し、お金と小瓶をねじ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る