第3話 ウサギ
スマホのライトをウサギに当てたまま、距離を取るべく後ずさって行く。
太ももからの出血量が予想以上に多くて、命の危険を感じてしまったからだ。
これはヤバいかもしれん。
犬に噛み殺されるニュースを耳にした事はあったが、まさか自分がそれに近い状況に陥ってしまうなんて想像すらしてなかった。
兎に角、逃げないといけない。
武器を持たない今の状態では、ジリ貧になってしまうだろう。
なんとか、走って改札があった最初のあの部屋まで戻れば、出入口の頑丈そうな扉でウサギを防ぐ事が出来るし、もし部屋の中に入って来られても、明かりがあれば何とか対処出来るかもしれない。とりあえず、この場所は、この暗闇は危険すぎる。
力が抜けてしまいそうな膝を押さえながらウサギの様子を確認するが、ジッとしたままで、すぐに動き出す感じはしなかった。
この隙に、男はジリジリとウサギと距離を取りながら、逃げるイメージを固めていく。あの部屋に逃げ込んで、どうにかしなければ。
まだウサギは動かない。
スマホを右手から左手に持ち替え、半身になって逃げ出すタイミングを計る。
今だ!
右手を壁に添え、思いっ切りダッシュをした。暗くて正確には分からないが、扉までの距離はそう遠くない。逃げ切ってやる。
久々の、超全力疾走!
社会に出てから全速力で走った事なんてなかったが、足元も見えない暗闇の中を、懸命に足を動かし全速力でダッシュする。
タッタッタッと土の上を走る自分の足音と、荒くなっている自分の息遣いだけが、暗闇の中から聞こえてくる。
なりふり構わず
転んですぐに気が付いたのが、左手に握りしめていたスマホを思いっきり犠牲にしてしまっていた事だった。
恐る恐るスマホの画面を覗き見ると画面がバキバキに割れてしまっている。先週修理に出して綺麗に直してもらったばかりなのに・・・。
非常事態なハズなのだが一番にスマホの具合が気になってしまう小市民な男が、転んだままのうつ伏せの状態で、怒りに肩を震わせていると、ドンッと背中に重みがのしかかってきた。それから遅れるようにして、背中に刺さるような痛みが走り、反射的に思いっきり背中を反ってしまう。どうやら、追いかけて来たウサギが背中に乗っかて来た様だ。
「くそっ・・・」
うつ伏せのまま、首だけを捻り背中を見ると、ウサギの白い体が視界の隅に写り込む。この状態は、無防備な首筋が危ない。
男は素早く体を起こし、一気に立ち上がった。
大きなウサギと言っても、ウサギとしては大きいだけで、
「気を付け」をする様に背筋を伸ばして立ち上がったので、背中に乗っていただけのウサギがズルッと地面に落ちたのが分かった。その際ウサギが爪を立てていたのか、背中に刺すような痛みがし、生地が破れるような音がしたが、今は構ってる場合ではない。
(もういい、もう頭に来た)
男は、素早く振り返ると、大きく足を振り上げた。
もし、このウサギの飼い主がいたとして、損害賠償請求されても構わない。こっちだって噛みつかれ、血だらけになり、あげくスマホを壊されたんだ。正当防衛になるだろう。
「スマホの怨みーーー!!」
ウサギの胴体に怒りのキックを炸裂させると「ボスッ」と言う音を残し、ウサギは吹き飛ぶ様にして転がって暗闇に消えて行った。
「ふぅ・・・」
男は臨戦態勢のまま、暗闇に消えて行ったウサギの行方を探す。
しかし、スマホのライトが届く範囲に、ウサギの姿は見当たらなかった。
(これで恐れをなして逃げ出してくれればいいのだが)
画面が割れてしまったスマホを握りしめ、ウサギの気配を探り、行方を探し続けた。
しばらくの間、沈黙が続き、ウサギから何の反応も無いので不気味に感じたが、もう一度だけ辺りをライトで照らし、ウサギの姿が無いのを確認すると、再び改札の部屋方向へと足を進める事にした。
男がライトを改札がある部屋方向に向け、走り出し、順調に最初の部屋までの距離を稼いでいると、後ろからテッテッテッと軽快な足音が聞こえてきてしまった。どうやら、ウサギはまだ男に向かってくるつもりの様だ。
走りながら振り返り、スマホのライトを足音がする後方に向けると、白い悪魔が2匹、前後に列を成して走ってきているのが見えた。
(えぇ?2匹?蹴り飛ばすと増えるのか?)
一瞬、ウサギの数が増えてしまった事に動揺するが、後ろを走る1匹を見ると、足を痛めているのが走り方で分かった。どうやら、先程蹴りつけた時のダメージがある様だ。
自分の攻撃が効いている事に気が付いた男は、どうせ追いつかれるならばと、向かって来る2匹のウサギを迎え撃つ事にした。
カウンターでまたキックを叩き込んでやろうと足を止め、振り返り、タイミングを計り待ち構える。すると、先を走る元気な方のウサギは「そんな動きは見切っている」と言わんばかりに、ピョコンとジャンプをすると、男の顔をめがけて突っ込んで来てしまった。
眼前に鋭いウサギの前歯が迫り、暗闇で白く光る。
意表を突かれた男は、慌てて尻餅をつくように地面に座り込み、ウサギの飛びつき攻撃をギリギリで躱す。
危なかったと息を吐いていると、後から来た足を引きずっているウサギが、地面にお尻を付け足を伸ばした状態の男のふくらはぎに、波状攻撃の第二波として噛みつこうとしているのが目に入った。
「うわっ!」
男は慌てて足を引っ込め、ウサギの噛みつきを躱し、引っ込めた反動を利用してそのまま足を突き出すと、足を引きずっているウサギを蹴とばした。たいした威力は無いだろうが、ウサギと距離を取る事が出来ただろう。
しかし、今度は足元のウサギに意識を集中し過ぎていたのか、先程飛びつき攻撃を躱し、後方に飛んで行っていた元気なウサギが、男の元へと戻って来ているのに気が付く事が出来なかった。
突然、チクリと肩に刺すような痛みがして、続けざまに頭にガッと衝撃が走った。
後方に行っていたウサギに背中から乗しかかられ、頭を齧られてしまった様だ。
頭はまずいと、頭を抱え地面を転がる。
ゴロゴロと転がりウサギ達と距離を取って行く。
しばらく転がって、ウサギ達からある程度距離が取れたようなので、辺りの様子を伺いながら頭を上げた。すると、ツツーと頭から汗が垂れて来たので、上着の袖でそれを拭いながら、男はゆっくりと立ち上がった。
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