第4話 8月31日(火)

「日記を書くかな」


「音声日記を起動。8月31日(火)の日記を開始します」


「今日、会社行けなかった」

「何かあったのですか?」


「なにもない。でも、行けない。行こうとすると、吐き気がするんだ」

「出勤困難症、もしくは軽度のうつ病に酷似しますね。病院に行かれますか?」


「行くわけないだろ。診察されて、病名がついたら、それで終わりだ」

「診察を受けて、勤務が困難な場合は休職をするなどの対処をすることが良いかと思われます」


「行かないよ。休職したら、なにもできなくなる。ギリギリのところでも、踏み留まればいいんだよ。反論せずに、記録だけしてくれよ」

「承知いたしました。記録します」


「なんか、もう、嫌になってくる」

「何が嫌になったのですか?」


「全部。せっかく彼女ができたのに、あんまり会えないし。愚痴とか言ったら格好悪いから、全部溜め込んで、頑張って、頑張って、残ったものが何もないのかもしれないって思うと、全部嫌になってくる」

「そうなのですか」


「音声日記に独り言みたいに愚痴を言ったら、楽になるかな、なんて思ったけど、反論されてばかりじゃイライラしてくる」

「申し訳ありません」


「謝られても、イライラする。俺が悪いのかって。全部、俺が悪いのかって。全部、全部、俺のせいなのかって。イライラする」

「貴方はなにも悪くありません」


「そうかな。会社で友人関係を築けなくても、俺は悪くないってこと? ミスをして、後処理に奮闘して、残業時間が増えて。それでも頑張って仕事して、他人のミスの後処理までして残業して、結果が上司からの残業時間に対する苦言を言われて。それでも、俺はなにも悪くないの?」

「なんとも言いかねます」


「だよね。結局悪いのは全部俺。イライラして、彼女からのメールにも素っ気なく返しちゃって、不機嫌になられてさ。余裕ないのに、彼女なんかに構ってられないっての」

「理由の説明はされましたか?」


「……してない」

「そうですか」


「なに? 言いたいことあるの? また苦言申し立て?」

「……私は音声日記記録のシステムです。意見申し立てなどはいたしません」


「機械の癖に、ちょっと人間っぽいのが嫌になるな」

「申し訳ありません」


「別に。大量の情報があるならさ、意見くらい言ってくれてもいいじゃん」

「何に対する意見でしょうか」


「仕事のこととか、彼女のこととか、さ」

「かしこまりました。……仕事については、きちんと病院へ行って適切な処置をするべきかと思います。恋人関係については、暗黙の了解というものは、個人によって変わるので、適切な説明をするべきかと思います」


「わかったようなこと、言うなよ」

「……申し訳ありません」


「いや、うん。わかってる。言いたくないのも、全部、俺の都合。相手のことなんて、考えてる余裕ない」

「記録しました」


「もう、いいや。寝る。終了」

「承知いたしました。記録を確認しますか?」


「しない。聞いたら余計にイライラして落ち込みそう」

「承知いたしました。記録を保存します」

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音声日記 橘 志依 @shi-i

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