こんな状況で告白?あり得ない

瀬田 乃安

こんな状況で告白?あり得ない

 舞台は今から二千年以上も前の古代ヨーロッパ。騎士としてその名をヨーロッパ全土に轟かせたエクティス。武勇談は山のようにあるが、女性との武勇談はからっきしという男としては少し寂しい騎士であった。エクティスに長年使える家来のひとり、ナイトはその事を大いに気に病んでいた。


 “エクティス様に欠けているのは奥方であり、どこぞの姫君と良い縁組をして、そろそろお世継ぎをもうけなければ”


 思い悩んだあげく、仲間のリッターとカバジェロに相談する。実は、ナイトもエクティスと同様に女性は苦手であり、その方面で活躍するリッターとカバジェロへアドバイスを求めたのだった。


 リッターは騎士団で最もハンサムな騎士であり、カバジェロは風貌はそれほどではないが最もモテる騎士であった。この二人を合わせると最強になると思ったのだ。そう考える時点でダメかもしれないが、とにかく何とかしたかったのは確かだった。


 「どうだ、エクティス様に妃をめとらせる方法は何かあるか?また、どこの姫が適任だろうか?」


 「そうだな、まずは出会いだろう。エクティス様は戦場から帰っても一向に社交場へは顔を出されない。騎士達が尊敬するエクティス様を知らない姫君はいないが、何せ会ったことがない姫君ばかりだからな」


 「ナイトの気持ちは分かるが、エクティス様がその気にならないとアカンのじゃないのか。武器の種類や作戦などには異常に興味を示すが、姫君の話をすると、直ぐあくびをされるではないか。あれじゃ、姫君に興味がないというのがあからさまになってしまう。仮に姫君との出会いを果たせたとして、その先は期待できないのではないだろうか?」


 と出会いさえあれば何とかなる貴公子と言葉巧みに落とす女タラ師の意見が飛び交う。


 「確かに、お前らのいう事は正論だが、それじゃ、エクティス様がお世継ぎを持てなくなるではないか。あの武勇を終わらせるのはもったいないだろう。この国の大きな損失になる。何としてでも、それだけは避けねばならない」と頭を抱えた。


 「どうしたの?浮かない顔してさ・・」


 肩を落とし帰宅するナイトに話しかけるのは幼馴染のジュリーである。共に父が騎士団に属し、幼き頃より家族同然に暮らしてきた仲である。ジュリーは女性でありながら戦闘に出向く女性騎士。


 騎士の家に育つ女性にはこうした女性騎士を目指す人が出てきたので、王家の計らいで女性騎士団が作られていた。もちろん、男との体力的な違いは歴然であったが、弓矢や今で言うボーガンのような飛び道具を主に使いこなすので、それほど腕力を問われることはなかった。


 しかし、昨今の戦闘においては、飛び道具の部隊が勝敗の鍵を握ることも多く、各国の王たちも優秀な弓矢部隊などを配備しようとしているようだ。イケターの王・オデッセウスは、近隣の王の中でも特に女性騎士団の弓部隊を重要視していた。


 「エクティス様のお世継ぎの問題なんだ・・」


 と悩みを打ち明ける。


 「そうか、エクティス様は戦場でのカリスマ的存在であり、我が軍の士気を上げるには欠かせない騎士だもんね。あの力は何としても引き継いで行かねば我が国の将来は危ういかもね」


 と、騎士として悩んでいるナイトの思いを理解していた。


 「お前はこういうことは良く分かるよな・・」


 とナイトが感心する。ある意味、ジュリーは女版エクティスのようなものであった。


 「お前が恋をしないのと同じようにエクティス様も恋をしないってか・・」


 「あのねー」


 と反論しようとするが、ジュリーに言葉が見つからない。いや、本当は言いたいことはあったのだが、飲み込んでしまった。ジュリーは、小さい頃から落ち込んだナイトが可愛く思えていた。

 そして、自分が意見することで元気になるナイトが好きだった。それを一般には恋と呼ぶのかもしれないが普通の女の子と違って、騎士としてのプライドを持つジュリーにとっては、知る由もない事である。


 しかし、現実はそういう悩みを吹き飛ばしてしまうほどめまぐるしい。


 「ついにパレネー攻撃が決定したそうだ」


 というお触れに騎士団の緊張は高まった。ナイトたちも出陣に向けた準備に追われる。こうなると、エクティス様の結婚話も吹っ飛んでしまう。


 「ナイト、今回の戦いは少し厳しいモノになる。本来ならば、避けたい戦いであったが、陛下の努力が報われない格好になった。出来れば、お前はお城に残って陛下をお守りして欲しいのだが・・・」


 とエクティスがナイトに頼む。


 「そんな弱気でどうするんですか。エクティス様らしくないですよ。先制攻撃を仕掛けるのは勝つためなんでしょう。ならば、全力で立ち向かって勝ちに行きましょうよ」


 と弱気なエクティスを励ます。


 しかし、この先制攻撃には単に一矢報いたいという国王の意地で行われるモノであり、イケターの敗北は決まっていたのである。本当は全軍で城に立て籠って勝機を探すべきであったが、その策は取られなかったのである。


 「ナイトよ、俺が弱気になるわけないだろう。だがな、勝負は常に時の運だ。兵力では圧倒的にパレネーが有利であることはお前でも分かるだろう。俺らは敵の騎馬隊を潰し、こちらへの攻撃態勢を壊すために行くんだ。最終的には籠城で勝機を掴むしかない。だから、お前には、籠城の準備をして欲しいんだ。頼むよ・・・」


 「エクティス様がそこまでおっしゃるのなら、私は命に従うのみです。残って籠城への備えに専念します。だけど、エクティス様も騎馬隊を撃破し必ず戻ってくださいね」


 その言葉に黙って頷くことしか出来ないエクティス。僅かな手勢でパレネーへと向かった。しかし、それから一週間後エクティスの予想通りにイケター軍は、敵の騎馬隊に一撃を加えることなく敗れたと知らせが届く。


 「エクティス様は・・・・」


 と聞くナイトに伝令は


 「お見事な最期でした・・・」


 と言って泣き崩れた。その知らせを聞き、ナイトは泣くこともなくただ茫然と幽霊のようにたたずんでいた。その姿を見たジュリーが


 「あんた、何ぼけーっとしてんの。エクティス様からお城を託されたんでしょう。国王を守ってくれと頼まれたんでしょう!」


 と喝を入れるが、それによって我に返り「エクティス様―――」と言って泣き崩れてしまう。泣き崩れるナイトの胸ぐらを掴んでジュリがーが思いっきり顔面を殴った。一メートルはぶっ飛んだだろうか。


 「いてーな、何すんだよ!」


 「泣いている場合じゃないのよ。パレネー軍が間もなく攻めてくるのよ」


 「分かったよ。やるよ、やればいいんでしょう!」


 と少しやけ気味に動き出す。だが、動き出すとナイトは凄い。武術は今一だが、戦術に関してはエクティスを凌駕する力を持っている。実は、エクティスがヨーロッパ中にその名を轟かせたのも、ナイトの戦術のお陰であった。だからこそ、エクティスはイケターの存続をナイトに託したのである。


 いくら戦術に優れたナイトと言えども、パレネー軍を迎え撃つには時間がなさすぎであった。イケター軍の十倍の兵力で攻めて来るパレネー軍を抑えることは至難の業である。更に、エクティスがいないということで兵の士気を上げられない。多勢に無勢の戦いを戦術だけで凌ぐのは無理というものであろう。


 それでも、城門を三日三晩守り続けたのは凄いという他ない。しかし、四日目の朝ついに城門が壊されてしまう。城門が壊されたことを想定した態勢で迎え撃つイケター軍。その中心には弓部隊の女性騎士団が待ち構えていた。


 「ジュリー頼むぞ。君たちの頑張りに全ては掛かっている」

 「任せなさいよ。イケター軍はエクティス様だけではないってことを思い知らせてやるわ」

 「流石、ジュリー。女にしておくのはもったいない・・・」とつい本音をポロリ。

 「あのねー」とジュリーが怒りだすのを見て

 「ありがとうな・・・」


 呟き微笑みを残しながら階段を下りていく。そして、剣を抜き最後の戦いへと挑んでいく。

 最初は、女性騎士団の飛び道具が功を奏し、パレネー軍は防戦一方となるが、やがて兵力に余裕があるために休んでいた本体が突入すると一気に情勢は変わる。


 三日三晩の戦闘はイケター軍の体力と精神力の限界を超えさせており、既に戦いというべき体を為さないほどボロボロであった。


 そういう兵士たちを救うべくジュリーたちは必死で弓を放ち続けるが、パレネー軍の弓部隊が入ることで女性騎士団の弓部隊も一人また一人と矢を受け倒れて行った。

そうした中、後ずさりしながらも必死に戦うナイト。

 体には数本の矢と剣が刺さっていた。そのナイトを必死で守ろうと矢を打ち続けるジュリー。そのジュリーも肩や腕には数本の矢が刺さっていた。その時、ジュリーを心配したナイトと目が会った。


 「打ち合わせ通り、裏階段を使って今すぐ逃げろ。今逃げれば、君たちはまだ助かる。急げ!」と必死で叫ぶ。


 「嫌よ、何でナイトを置いて逃げなきゃならないの」と言うことをきかないジュリー。


 「バカ野郎!何言ってんだ。約束したじゃないかーー」とこっちを向いて本気で怒り出す。


 「何いってんの!ばっかじゃないの!」


 とジュリーが叫んだ時、心がキューっと潰されそうになった。胸に矢が当たったのかと胸を見たが矢はなかった。胸元を見て「何なのこれ!」と戸惑うジュリー。その目線を上げると、ナイトのしょんぼりした顔が目に入った。


 その表情を見てジュリーはナイトが好きだったことに気づいたのだが、次の瞬間、ナイトは後ろから剣で突かれた。


 「ウオーーーーーやっちまったーーー」と大声で叫びながら倒れる。

 「いやーーーーー」と泣き叫ぶジュリー。


 “ナイトと離れたくない。一緒にいたい。私はナイトが好きだったんだ。このままじゃ嫌だ”とつぶやき、倒れ落ちるナイトに


 「あんたね、私があんたを好きだって知らなかったでしょう。大好きだったんだからねーーー」


 と、消え行くナイトの命に間に合うように泣きながら告白するジュリーであった。その言葉が届いたかどうかは分からないが、倒れ行くナイトは微かにほほ笑んでいた。その微笑みに微笑み返すジュリーにも敵の矢が向かっていた。


 “こんな状況で告白?あり得ない”って思われるのではないだろうか。だが、このような死ぬ間際っていうのはともかく、あり得ない状況で告白を受けたことのある人はいるに違いない。それは“何でもっと早く伝えなかったんだろう”という後悔が場違いな告白をさせているのではないだろうか。


 私たちは明日の命を約束されている訳ではない。せめて、あと一日早く伝えられていたら思いは届いたであろう。


 生きるってことは、きっと“思いを伝えること”なんだと思う。


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