第10話『ダークサイドストーリー・5』

魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな!・9

『ダークサイドストーリー・5』


 片岡先生は、中庭の池を泳ぐ鯉を見ている。


 池は、五十坪ほどの中ノ島を取り巻くようなドーナツ状になっている。鯉たちは前に進んで泳いでいるつもりかもしれないが、実際は、同じドーナツ状の池をグルグル回っているだけである。

 鯉が回遊しやすいように、ポンプで、適当な水流を作り出してある。鯉は、上流に向かってユルユルと遡っているような気になっている。これを作った人間に悪意はない。鯉が運動不足にならないようにとの気配りである。

 実際、この学校の鯉は長生きで体格も良く、視察にきた文教委員の議員が「ぜひ一匹譲って欲しい」と申し出たぐらいである。


 一匹だけ、回遊のアホらしさに気づいたのか、一カ所にわだかまって、あまり動かない鯉がいた。

「オレに似てるなあ、お前は……」

 片岡先生は、その鯉に親近感を持っていた。


 でも、回遊している鯉も、わだかまっている鯉も、どこへも行けないという点では同じである。


 その鯉が、何に驚いたのか、ポチャンと跳ねた。よく見ると、新顔の錦鯉が泳いでいる。どうやら、その新顔に驚いた様子である。

「文教委員の議員さんが、気に入った鯉が欲しいっていうんで、交換に持ってきた新顔ですよ」

 庭木の手入れをしていた技能員さんが、問わず語りに解説する。

「そいつは、若い雌でしてね、そのスネた鯉は、あまりのベッピンぶりにタマゲタのかもしれませんね」

 片岡先生は、自分のことを言われたような気がした。


――しかし、オレは違う……だって、シンディーは、とっくに死んでしまったんだから。


 片岡先生の思念を感じて、利恵は混乱し、マユは一つの結論に達していた。

「利恵、あんた、頭の中スクランブルエッグだろう」

「そ、そんなこと無いよ」

 渡り廊下の窓から、中庭の片岡先生を見ながら、二人のオチコボレは声を交わした。

「アミダラ女王から、メリッサ先生を検索したのは大したものだったわよ。さすがガブリエルさんの姪っこだわよね」

「だって、片岡先生の心には、メリッサ先生が住んでいた。だから二人が出会えるようにしたのに……」

 そのとき、鯉が一匹、パチャンと跳ねた。

「片岡先生は、メリッサ先生を見て、シンディーって呼んだんだよ……ほら、今でも心の中でシンディーを呼んでいる」

「だって、DNAまで調べたんだよ」

「天国のスパコン使ってね」

「天使は、悪魔みたいにアナログじゃないのよ。たえずイノベーションしてんのよ」


 中庭に面した、英語科の準備室からメリッサ先生が、当惑したような顔で中庭の片岡先生を見ている。


「ね、メリッサ先生もとまどってる」

「おかしいなあ……」


 そのとき、知井子がマユに声をかけた。


「ねえ、マユ、お昼いこうよ。みんな待ってるよ」

「あ、ごめん。すぐに行くから。ランチの食券買っといて」

 マユは、財布から五百円玉を出しながら利恵に言った。

「一卵性の双子は、DNAがいっしょなんだよ」

「え……双子!?」

 思わず声になってしまい、近くにいた生徒たちが驚いた。


 そう、利恵とマユは、渡り廊下の二階と三階にいて、心で話し合っていたのである。


――天使の親切、大きなお世話ってね。

――そんな……。

――片岡先生は、シンディーの名前さえ封印して、記憶の底に鍵をかけていたんだよ。もう、片岡先生、立ち直れないよ。あんたが撒いた種だから、もう一度検索しなおしたら。いっぱいコンピューター使って。じゃ、よろしくね。

 そこで、マユは、利恵との思念のチャンネルを切って、食堂に向かった。


 利恵は、混乱しながらも、天国のスパコンにアクセスしてメリッサの情報を検索しなおした。

 答えが出てこない……。


 天国のスパコンでは間に合わないので、人間界の何十億ものパソコンにアクセスするように命じた。天国のスパコンはプライドが高いので、最初は拒否したが、バグの報告をすると言うと、しぶしぶアクセスした。


 それは、数年前のフェイスブックから出てきた。


〈ジョンソン・オブライエン:娘のシンディー・オブライエンは、交通事故で、今日神に召されました。でもシンディーにはシロ-・カタオカという恋人がいて、神に召されるまで彼女を見守ってくれました。シンディーは幸せに旅立っていきました。そちらのメリッサにはご内密に〉


 シンディーとメリッサは、双子の姉妹で、赤ん坊のころにシングルマザーが亡くなったので、それぞれ違う里親に預けられたのである。里親同士は、フェイスブックで知り合い、情報を交換していた。

 それを利恵は気づかなかった。


――くそ、落第小悪魔め!


 利恵は、見当違いの憎まれ口をたたいた。たとえ小悪魔相手とは言え、天使が憎まれ口をたたいてはいけない。

 利恵もマユも、やはり、未熟な落第生……え、マユは間違っていないって?

 人間というのは、オチコボレ小悪魔や天使が思うほど単純ではなかった……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る