第11話『ダークサイドストーリー・7』

魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな・11

『ダークサイドストーリー・7』



 こめかみの汗が頬をつたって制服の襟に達するまで、マユは何もできなかった。


 片岡先生の心は閉じている。


 いや、心を閉ざした自分の側にマユが座ったことに不快感さえ感じている。


 こんな人に、下手に声をかければ逆効果である。

 一時的に魔法をかけて、先生の自殺を止めることは簡単だ。たとえば、先生をベンチから立てなくするとか、電車を停めてしまうとか……。


 しかし、それは一時しのぎにしかならず、不思議な出来事で、先生を余計に混乱させるだけである。

 シンディーさんの記憶を消してしまえば、先生の心は楽にはなる。

 でも、有ったことを無かったことにするのは、悪魔の良心が許さない。

 

 有ったことを無かったことにしたり、悪いことを良いことと思いこませることは神さまや天使のオハコである。


 恋のキューピットなどもっての他である。天使の中には、これをゲーム感覚でやっているものもいる。天使のイタズラ(天使は、適切なカップリングと言うが)による恋は冷めるのも早く、結果は、離婚率と非婚率の増加というカタチで現れている……人間は、結婚に対して臆病になってしまった。


 そんな中、片岡先生のシンディーさんへの気持ちは本物である。馴れ初めと、シンディーさんの死による別れまでを小説にしたら、海の底に沈んだ宝石のように美しく、悲しい物語になる。


「一番線、急行が通過いたします……」


 駅のアナウンスが、急行の間もない通過を告げた。

 レールがカタコト鳴って、列車の通過が間近に迫っていることを感じさせた……。


 先生の心は揺れていた。この特急に飛び込んでしまおうか……でも、横の女生徒は何かを察している。下手に止められたら、この子まで巻き添えにしてしまいかねない。

 片岡先生は、優しく、気配りのできる人なんだ。先生の思念が伝わってくる……。

 急行の気配は、もうすぐそこまで来ている……でも、マユはどうしていいか、まるで考えが浮かんでこない。急行の先頭車両がホームにさしかかった。


 マユは、自分でも思わない行動に出た。


 マユ自身が、急行に飛び込んだのだ!


 悪魔の勘というか、あとで思い出しても、その時は、ただの衝動だった。


「危ない!」

「NO!」


 二つの声が同時にした。


 日本語の主は、片岡先生。瞬間身体を抱きかかえられ、ホームの端を二人で転がった。

 急行は警笛とブレーキ音をさせながら、転がった二人の横五ミリほどのところをかすめ、ホームを二百メートルほど通り過ぎて停止した。


 英語の主は、駆け寄ってきて、マユの頭を抱え、英語でいっぱい罵声を浴びせかけてきた。

 そのほとんどが日本語なら放送禁止になるようなスラングで、とても声の主とは思えなかった……声の主はメリッサ先生だった。


 マユは小悪魔なので、英語でまくし立てられても、しっかり意味は解る。


 「dud! hell! idiot! jerk! knucklehead! nerd! punk! shit! sissy! sly! spaz! turd! wimp! wuss!」と盛りだくさん。

「u potface……poor girl……」


 そう結んだあとで、メリッサ先生は泣きながらハグしてくれた。


 急行は、この影響で五分停車して、その日K電鉄のダイヤは一時間乱れた。かつらをやめた校長と、副担任のトンボコウロギが、電鉄会社に謝りにいった。むろん、わたしの父親(になっている人間。この人の事情は、この話の後で出てくる)も。

 マユは、身体が痛いふりをし、救急車で病院に連れていかれ、いろいろ検査をされた。片岡先生とメリッサ先生は、ずっと付き添ってくれた。


 そして、マユは、電車に飛び込むほど心に傷をおった生徒として、スクールカウンセリングを受けることになった。マユは、しばらく傷心の女子高生を演ずるハメになった。意外に、担当の悪魔からのおとがめは無かった。


 片岡先生とメリッサ先生は仲の良い……とりあえず、友だちになっていた。学校は、一時この話しで持ちきりになった。知井子などは、大感動して、日記帳に、このことを短いエッセーにして書き残した。


 で、片岡先生の授業は……


「……というわけで、接続詞の用法はわかったな」


 一瞬、みんなは先生の方を向くが、すぐにそれぞれ勝手な事を始める。

マンガやラノベを読む奴。ヒソヒソ声で話している奴。中には、携帯を教科書で隠してメ-ルを打っている奴。むろん率先してやっているのはルリ子たちだけど、マユの友だち、沙耶、里依紗、知井子さえも、この授業の間は内職をやっている。


 片岡先生の授業下手は、どうやら天然のようだ。


 ただ、心は閉ざされてはいなかった。日ごとメリッサ先生の姿が大きくなってくる。


――どんな手を使ったのさ!?

 利恵が、心で聞いてきた。

――なにも、ちょっとした事故よ、事故!

――事故って?

――わたしよ。電車に飛び込んだでしょ。

――あれ、小悪魔のヘタクソないたずらなんじゃないの?

――そう思ってりゃいいでしょ。あたしカウンセリングまで受けてんだから。

――まさか……あんなアナログな、魔法も使わないやりかたで!?

――あたしたちが思っているより、人間て複雑なのよ。

――でもさ……。

――授業中だから、もう話しかけないで。お互いオチコボレってことよ!


 節電のため冷房を切った窓から、初夏の青空が見えた。

 青空の中を一羽のカラスがよぎり、瞬間カラスと目があった。


 アホー……と、カラスは一声残して飛んでいった。それは、どこに打っていいか分からずに、さまよっている片岡先生の板書のピリオドに似ていた。

 


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