第9話『ダークサイドストーリー・5』
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな!・9
『ダークサイドストーリー・5』
片岡先生は、中庭の池を泳ぐ鯉を見ている。
池は、五十坪ほどの中ノ島を取り巻くようなドーナツ状になっている。鯉たちは前に進んで泳いでいるつもりかもしれないが、実際は、同じドーナツ状の池をグルグル回っているだけである。
鯉が回遊しやすいように、ポンプで、適当な水流を作り出してある。鯉は、上流に向かってユルユルと遡っているような気になっている。これを作った人間に悪意はない。鯉が運動不足にならないようにとの気配りである。
実際、この学校の鯉は長生きで体格も良く、視察にきた文教委員の議員が「ぜひ一匹譲って欲しい」と申し出たぐらいである。
一匹だけ、回遊のアホらしさに気づいたのか、一カ所にわだかまって、あまり動かない鯉がいた。
「オレに似てるなあ、お前は……」
片岡先生は、その鯉に親近感を持っていた。
でも、回遊している鯉も、わだかまっている鯉も、どこへも行けないという点では同じである。
その鯉が、何に驚いたのか、ポチャンと跳ねた。よく見ると、新顔の錦鯉が泳いでいる。どうやら、その新顔に驚いた様子である。
「文教委員の議員さんが、気に入った鯉が欲しいっていうんで、交換に持ってきた新顔ですよ」
庭木の手入れをしていた技能員さんが、問わず語りに解説する。
「そいつは、若い雌でしてね、そのスネた鯉は、あまりのベッピンぶりにタマゲタのかもしれませんね」
片岡先生は、自分のことを言われたような気がした。
――しかし、オレは違う……だって、シンディーは、とっくに死んでしまったんだから。
片岡先生の思念を感じて、利恵は混乱し、マユは一つの結論に達していた。
「利恵、あんた、頭の中スクランブルエッグだろう」
「そ、そんなこと無いよ」
渡り廊下の窓から、中庭の片岡先生を見ながら、二人のオチコボレは声を交わした。
「アミダラ女王から、メリッサ先生を検索したのは大したものだったわよ。さすがガブリエルさんの姪っこだわよね」
「だって、片岡先生の心には、メリッサ先生が住んでいた。だから二人が出会えるようにしたのに……」
そのとき、鯉が一匹、パチャンと跳ねた。
「片岡先生は、メリッサ先生を見て、シンディーって呼んだんだよ……ほら、今でも心の中でシンディーを呼んでいる」
「だって、DNAまで調べたんだよ」
「天国のスパコン使ってね」
「天使は、悪魔みたいにアナログじゃないのよ。たえずイノベーションしてんのよ」
中庭に面した、英語科の準備室からメリッサ先生が、当惑したような顔で中庭の片岡先生を見ている。
「ね、メリッサ先生もとまどってる」
「おかしいなあ……」
そのとき、知井子がマユに声をかけた。
「ねえ、マユ、お昼いこうよ。みんな待ってるよ」
「あ、ごめん。すぐに行くから。ランチの食券買っといて」
マユは、財布から五百円玉を出しながら利恵に言った。
「一卵性の双子は、DNAがいっしょなんだよ」
「え……双子!?」
思わず声になってしまい、近くにいた生徒たちが驚いた。
そう、利恵とマユは、渡り廊下の二階と三階にいて、心で話し合っていたのである。
――天使の親切、大きなお世話ってね。
――そんな……。
――片岡先生は、シンディーの名前さえ封印して、記憶の底に鍵をかけていたんだよ。もう、片岡先生、立ち直れないよ。あんたが撒いた種だから、もう一度検索しなおしたら。いっぱいコンピューター使って。じゃ、よろしくね。
そこで、マユは、利恵との思念のチャンネルを切って、食堂に向かった。
利恵は、混乱しながらも、天国のスパコンにアクセスしてメリッサの情報を検索しなおした。
答えが出てこない……。
天国のスパコンでは間に合わないので、人間界の何十億ものパソコンにアクセスするように命じた。天国のスパコンはプライドが高いので、最初は拒否したが、バグの報告をすると言うと、しぶしぶアクセスした。
それは、数年前のフェイスブックから出てきた。
〈ジョンソン・オブライエン:娘のシンディー・オブライエンは、交通事故で、今日神に召されました。でもシンディーにはシロ-・カタオカという恋人がいて、神に召されるまで彼女を見守ってくれました。シンディーは幸せに旅立っていきました。そちらのメリッサにはご内密に〉
シンディーとメリッサは、双子の姉妹で、赤ん坊のころにシングルマザーが亡くなったので、それぞれ違う里親に預けられたのである。里親同士は、フェイスブックで知り合い、情報を交換していた。
それを利恵は気づかなかった。
――くそ、落第小悪魔め!
利恵は、見当違いの憎まれ口をたたいた。たとえ小悪魔相手とは言え、天使が憎まれ口をたたいてはいけない。
利恵もマユも、やはり、未熟な落第生……え、マユは間違っていないって?
人間というのは、オチコボレ小悪魔や天使が思うほど単純ではなかった……。
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