Episode 008

天気は快晴、夏の始めにふさわしい気温の暑さ、そして程良い風の吹く今日この日、曲輪田高校では体育祭が行われる。

うちは私立というのもあり総合優勝したクラスには理事長から直々に打ち上げ代をくれるのだ。


『我々、生徒一同は』


学年ごとにクラス対抗で行われるこの体育祭。

クラス皆で放課後まで練習した成果を出す日である。

今、校庭の朝礼台の前で右手を上げてマイクで選手宣誓をしているのは怜だ。


『スポーツマンシップに則り、正々堂々と全力で競い合うことをここに誓います。生徒代表、神坂怜』


体育委員でもない怜が選手宣誓に抜擢された理由は誰からも明白だ。

そんなわけで開会式は無事終わり、最初の競技へと移る。


『最初の種目は短距離走です。1年生の出場生徒から順に入場門に整列してください』


ぞろぞろとほとんどの生徒たちが自分のクラスのテント下から移動し始めた。

テントに残っているのは各クラス男女2人ずつの長距離走出場生徒だけ。

我らが2年1組の男子長距離走者は俺とよしき快斗かいとだ。

快斗は陸上部の長距離走選手、頼もしいことこの上ない。

それにしても、ガラガラのテントは妙に寂しいものだ。


「なんか置いていかれた感がする」


「その気持ち分かるよ」


俺の独り言に同調してくれたのは快斗だった。

快斗とは中学からの付き合いで、何気に怜の次に一緒にいる時間が長い気がする。


「そういえば快斗は去年も長距離だったもんな」


「うん。しかもその時のもう1人とはあんまり喋らない人だったから余計に」


「女子とは話さなかったのか?」


「分かっててそれいう?そもそもどのクラスのテントにも女子はいないじゃないか」


その通り。

各クラス2人ずついるはずの女子長距離走出場生徒の姿は見えない。


「そりゃ、怜が走ってる姿を出来るだけ間近で見るために皆んなどっかに行っちゃってるからな」


わざわざ怜を眺められる良い場所を確保するために長距離走を自ら志願した女子がいるとかいないとか。


「神坂のイケメンぶりは相変わらずだよねー」


「ホントなー。早く終わんねえかなー」


「それは短距離走?それとも長距離の方?」


「ぶっちゃけ体育祭そのもの」


「未亜はこの手のイベント楽しめない人だもんね」


「いや、楽しめないわけじゃないんだけど……」


「そこは別に強がらなくていいと思うんだけど」


強がったつもりはないんだけど、まぁいい。

自分でも思うのだが、変なところで陰キャ精神が発動してしまうのはどうしてだろう。

女子との甘〜いアレは万に一つもないとはいえ、男友達は割といるのでそれなりに楽しめるはずなのだ。

だがどうしてか俺はこの手のイベントが好きになれないのだ。

いや、別に捻くれてるとかそういうのじゃありませんよ?


「ともかく、どうしてか好きになれないんだよ」


「それは人それぞれだし気にすることないと思うよ」


今ふと思い返したけど、快斗は割とイケメンだ。

しかも陸上部で超良いやつだし。

陸上部はともかくとして、こいつ良いやつなんだよな〜

そのおかげで怜ほどじゃないにしろ、女子には割とモテている。

誰曰く、『陰に隠れた優良物件』らしい。


「それもそうだな。それと今から謝っておく」


「え?」


「俺は恐らく長距離走ではいい順位にはなれないからな」


自信を持ってそれだけは言える。


「それはまだ分からないよ」


「それもそうなんだけどさ……」


はっきり言って、俺が良い順位につくことはほぼない。

今はとりあえずクラスの応援に徹するとしよう。


短距離走は先ず1年生から。

1年生は三方と中学からの後輩であるもう1人以外は知らないので正直「この子速いな〜」とかそんな感想ぐらいしか出ない。


「あ、三方じゃないか」


三方は意外にも速かった。

2位ではあるが1位とは僅差だし、女子の中では普通に速い方だ。

それと走ってるのを見て分かったんだが、


「意外とあるな」


「なにが?」


「なんでもない。いや、三方速かったなぁと思って」


危ないところだった。

神聖な体育祭で不粋なことを言うべきではないな、うん。


「あぁ、未亜が『四大天使』って呼び始めた子たちの中の1人だよね」


「そう、俺が勝手に呼び出した『四大天使』のお1人。まさかこの若干クサい呼び名が広まるなんてな……」


「たしか最初は『三大天使』だったよね?」


「俺らが1年のとき三方はいなかったしな」


「そもそも何で『天使』だったの?」


「あー、それね。そのとき話してた奴らと3人の突出した美少女を言いあらわそうと思ったときだ、とあるスマホゲームのキャラクターを見てふと思いついたんだよ」


たしかモンスターを引っ張って敵を倒すやつ。


「快斗、天使の具体的な名前で思い浮かぶやつなんか言ってみろ」


「突然だね。天使の名前、ガブリエルとかそういうの?」


「そう、それ!俺がふと見たキャラクターがそれだったんだよ。そんでもって、その場でスマホで調べたらガブリエル、ミカエルそしてラファエルのことを『三大天使』って呼ぶことを知ったわけだ」


あのときは我ながら神がかっていたね。


「なるほど、納得したよ。でも今は『四大天使』だけど…」


「ユダヤ教ではウリエルを入れて『四大天使』らしい」


「本当に都合よくあるもんだね……」


「あぁ、全くだ」


そんな会話をしているうちに三方はすでに走り終え、2年生の部が始まっていた。


「そろそろ真面目に応援しないとな」


「真面目にっていうのはどこか……まあ、うん、そうだね」


「相変わらず煮えきれないなぁ、快斗は」


「これでも物事はキチンと決めているつもりなんだけどな」


「それはよく知ってる。俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな……」


「指摘されるほどではないと自負してるんだけど」


「そんなこと自負されても……」


「未亜、ちゃんとクラスのこと応援しないと」


「だからそういうとこだっての」


(快斗は意外と不思議ちゃんなところあるんだよな)


そんなこと思いつつもクラスの応援に頭を切り替える。

まだ体育祭は始まったばかりだ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る