Episode 007
6月末にある体育祭が迫りつつある6月中旬。
本格的な梅雨が訪れ、雨が降る日が多くなっていた。
更に梅雨独特の蒸し暑さはやはり辛い。
特に雨が降ったあとに晴れた日には、虹を眺められるその代償に猛烈な蒸し暑さが俺たちを苦しめる。
そして、更には一部というか半数ぐらいの人にとって嫌なイベントがある。
「今日から中間テストなわけだが。お前ら勉強したよな?」
俺たちのクラスの担任である男前先生こと
およそ半数が目をそらした。
杉野先生はオッサンと呼ばれるほどの歳ではなく、むしろ若い方だ。
だがその風格はまさにベテランって感じで、修羅場をいくつも越えてそうな雰囲気がある。
「ところで俺の科目、つまりは数学で赤点取ったら……」
クラスの空気が静寂に包まれる。
「分かってるよな?」
『は、はいっ!!』
恐怖のオーラをまとった先生のドスのきいた声により、クラス皆が背筋をピンッとさせてすぐさま返事をした。
「よろしい。じゃあ、精々今のうちに足掻け。解散っ」
恐らく勉強してないであろう輩が一斉にテキストやノートを取り出して必死に凝視し始めた。
「未亜は勉強した?」
隣から怜に訊ねられる。
俺と怜は席が隣同士で、窓側の前から4列目の席だ。
「してない」
存在が頭の中で消えてたからな。
「でも未亜なら大丈夫そうだけどね」
「まぁ、高校入ってから1度も赤点は取ったことないしな」
「勉強してないのに、それだったら勉強すれば良い成績になりそうなものだけど」
それは俺自身も思った。
実践して真面目に勉強してみた。
結果、変わらなかった。
⇒勉強してもしなくても変わらない。
⇒だったら勉強しなくていいよね☆
「怜はいつだって1位だよなぁ」
「予習復習をちゃんとやれば出来るよ」
中にはそれをちゃんとやってても勝てない人がいるんだけどな。
神はこいつになにもかも与えすぎだと思う。
「最初から英語か……」
文法は得意なんだが、いかんせん単語を全く覚えていない。
そのせいで長文問題が劇的にできないのだ。
「でも英語のテストって授業でやった長文から問題が出されるし、そこまで難しくないと思うんだけど」
「内容含めて全く覚えてないから大して初見と変わらないんだよなぁ」
「それは未亜が悪い」
「分かってるよ。でも何度もその授業で寝ると、どうもその授業のとき眠くなっちゃうんだからしょうがない」
「パブロフの犬みたいだね」
「あぁ、条件反射の実験だっけか」
パブロフの犬というのは、犬にエサを与える時、ベルを鳴らしてから与えるという事を繰り返していると、ベルを鳴らすだけで犬がよだれを垂らすようになるというものだ。
まさしく俺が英語の授業で繰り返し寝ていると、英語の授業のときだけ眠くなるようになったわけだ。
「未亜って、意外とこういうの知ってるよね」
「これは割と有名な方じゃないか?まぁ、怜は何でも知ってそうだから常識って感じでもないのか」
「何でもじゃないよ。知ってることだけだって」
「なんかそれ聞いたことあるっ!」
なんともパロディ感が否めかったが本人は知らないのでこれ以上はそっとしておく。
「おい、桑田。お前は足掻かなくていいのかー?」
先生がわざわざこちらへ来て訊いてきた。
この人職員室に戻ってなかったのか。
「足掻くだけ無駄だと思うので」
俺は先生の方に振り向いて答える。
「お前らしいな。だがそれで赤点1つでも取ったら校庭100周な」
「Why!?」
我ながら発音がいい。
「お前体育祭で長距離走るんだからいいじゃねぇか」
「いや、だからといって赤点1つでも取ったら校庭100周はおかしいでしょ!?しかもアンタに限っていえば本気で走らされかねない!」
校庭1周を500mとして換算しても50km。
フルマラソンより長い!
「そんなの当たり前だろ。まさかウソだと思ったのか?」
「この鬼畜!人でなし!サイテークソ教師!」
「うるせーぞ、クソムシ」
まあの汚名は教師にも知れ渡っていたのか!
「まぁ、お前はこれまで赤点を取ってきてないから大丈夫なはずだ。お前の良いところを頭で必死に絞り出して答えるならば、何でもそつなくこなせるところだからな」
「頭で必死に絞り出してそれですか」
「ちゃんと褒めてるだろうが。でもそつなくこなせるけど、それ以上に絶対にならないのがお前だよな。何?お前のステータスもうすでにカンストしてるの?」
え、俺のステータス16歳にしてすでにカンストしてるの?
これ以上レベルが上がらないの?
俺みたいな奴って潜在能力はある感じじゃないの?
これ以上伸び代がないとか、可哀想にもほどがある!
「お前はあれだよな。ゲームにおける最初の職業みたいだよな。色んなスキル覚えられるけど、どれも雑魚でレベルがすぐ上限になるあれ。上級職業へジョブチェンジできないなんて哀れだな」
なんかゲームで例えられて思いっきりディスられてるんですけど。
しかも核心ついてるあたりかなりタチ悪いんだけど!
「自分の生徒にそこまで言わなくても……」
「しかもお前の場合、近くに職業『勇者』みたいなハイスペック、ハイステータスで
「先生、いくらなんでも俺泣きそうです……」
余談だがドラ○エ9で全職業レベル99になっても『勇者』にはなれない。
都市伝説的なのとしてあるが実際やっても出てこなかった。
「そうウジウジするなって。たしかに超絶望級の伸び代ではあるが、努力するのに越したことはねぇ。だろ?」
「そんなことは分かってますよ。一体何年の間、こいつと一緒にいると思ってるんですか」
卑屈になるなんて、すでに卒業済みだ。
…………稀になってはいるけど。
「幼馴染なんだっけか?ともかく、それを聞いて安心した。だが赤点取ったら本当に校庭100周だからな」
「分かりましたよ。せいぜい足掻くとします」
「よろしい。じゃあ、俺は今からテストを取りに行ってくる。10分前にはキチンとして座ってろよ」
杉野先生は今度こそ職員室へ向かっただろう。
「杉野先生は相変わらずだね……」
怜は近くで聞いていただけに苦笑いだ。
「あんなのが教師やってるとか未だに信じられねぇ」
「僕は逆に先生みたいな人の方がやっぱり教育者って感じがするな」
「無駄に頼りがいはあるよな」
「僕はこのクラスで良かったと思うよ」
完全には同意しかねるが、今後を見据えて考えるとたしかにそう思える自分がいた。
「言ったからには足掻くとするか」
俺は英語のノートを開いた。
「………まさかの真っ白」
俺はノートを諦め、単語帳で必死に出そうな単語をほんの数個覚えた。
だけど大抵それで覚えた単語ってテストに出てこないのだ。
果たして結果はどうだったかと言われると、あまり面白い展開にはならず、全ての科目で赤点を回避することができた。
後で杉野先生から個票を返された時も、
「お前、そこは赤点取るところだろ」
と呆れ顔で言われた。
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