16(ジョサイア視点)

「……今朝方、父上が息を引き取った」


 計画どおりに、ぼくは発表した。


 敵を騙すにはまず味方から。

 心から悲しんでいる使用人たちには悪いが、今はまだ父上は生きている。


 計画を知っているのは、ぼくと父上とディオンヌ。

 そして、里から派遣されている主治医だけだ。


「10年まえに母を亡くしてからの父上は、苦悩の日々だった」


 考えていた口上を淀みなく述べる。


「最愛の妻を失った父上は、落ち込んでいたのはほんの数日で、すぐに決意したように立ち上がり、侯爵としての役割をそれまで以上に全うしていた。ブランドン大公爵のライバルとして頭角を現したのも、それからだ。ぼくのような子どもには理解できなかったが、父上はよく言っていた。『人間の歴史を守りたい』と」


 この部分に嘘はひとつもない。

 つい饒舌になってしまうのは隠したいことがあるもの特有の行動だが、ここは言わば身内しかいない場なので、まあ構わないだろう。

 すこし感傷的になっているのは許してほしい。


 肝要なのは、父上が亡くなったという状況を作ること。

 すでに諸侯に向けて伝令を走らせている。


『大ジョーデン死す。全身の血を失う病なり』


 奇病として話題に上れば、どこかに身を潜めているブランドンの耳にも届くことだろう。

 失血死は、ヴァンパイアが仲間割れを起こしたとき特有の死因だ。

 ぼくが父上を殺すはずがない以上、やつはヴァンパイアハーフのディオンヌが、血を吸って覚醒したと考えるはず。


 そうなれば計画どおり。

 やつのことだ、いつでも寝首をかけるような距離にいて、今夜にでもひょっこり姿を現すかもしれない。


「これまで父上に仕えてくれて、本当に感謝している。これからはぼくが父上のあとを継ぎ、ジョーデン侯爵を名乗ることとなるだろう。みなが慕ってくれたのが父上であれば、ここで暇を出しても構わない。残ってくれたらぼくは嬉しいが、遠慮なく申し出てほしい」

「とんでもない! これからも私らは坊ちゃんのおそばにおります」


 暇を出すというぼくに、メアリが残留の意を表明してくれた。

 ぼくが子どものころから屋敷に仕えている、乳母のような存在だ。


 ジョーデン家の秘密を知らされていない彼女は、「この家には何かある」と薄々察しながらも心を尽くしてくれている。


 メアリが残ってくれるなら、誰も辞めるとは言い出さないに違いない。

 口々に同意が示され、残りはディオンヌだけとなった。


 ディオンヌ……。


 計画を知っているきみは、ことが終われば『おとり』として屋敷にいる必要がなくなることを理解しているだろう。

 だからこれは、きみが自由の身になったあとの、ひとりの女性としての身の振り方を問われていると思ってほしい。


 ディオンヌは、返答をためらうかのように目を伏せた。

 もしかしたらぼくの気持ちはまだ伝わっていないのかもしれない。


 行き場がないなんて思わないでくれ。

 きみが望むなら、ぼくはどんな手助けでもしよう。


 大事なのは、ディオンヌ、きみの意志だ。


 きみは、ここに残ってくれるかい?

 使用人ではない。

 もちろんぼくの――



「みんな聞いて! その使用人の部屋から毒薬が見つかったわ!」



 なんてことだろう。

 とんだ邪魔が入ってしまった。


 この場の役者ですらない哀れな俗物――エレノアが、何も知らずに勢いこんで入室してきた。


 ……そうだ。

 この娘にも役を与えよう。

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