17(ジョサイア視点)
ぼくは、広間を闊歩するエレノアを見ながら、横にいる主治医に耳打ちした。
「父上のことを問われたら曖昧な返答をしてくれ」
「はい」
すぐにエレノアはぼくらの前に来た。
思いどおりに事が運んでいると考えているのだろう。
自信たっぷりな表情で主治医に向かい、
「ジョーデン侯爵の死因を教えて? アタシは嫡男の婚約者だから聞く権利があるわ」
「長患いの末の衰弱と見ておりますが――」
「ああ、調べていないのね」
鼻で笑う彼女を見て、ぼくは、うまく誘導できたと確信した。
エレノアは、自分がディオンヌに渡した毒薬が本当の死因だと考えている。
なので、貴族である彼女の家に届いた「全身の血を失う病」という情報は最初から信じていないだろう。
貴族が諸侯に対して死因を偽ることは、珍しいことではない。
高貴なる者がただ弱って死んだというのは不名誉という考え方があり、何かしら特別な最期を用意するのが伝統として存在する。
戦時中であれば名誉の戦死ということになるし、平時であっても、宗教上の何か啓示的な意味をもった死を宣言することが多い。
全身の血を失うことに宗教上の意味があるかは知らないが、彼女は表向きの情報と考えたわけだ。
主治医に対して聞く権利があるとわざわざ言ったのは、本当の死因を教えろという意味だ。
ここで伝令と同じ話をすれば、自分が信用されていない部外者だと察していたかもしれない。
ところが主治医は、曖昧に答えた。
これにより彼女は、「本当の死因がはっきりしていない」と思ったことだろう。
真実を暴いてみせるのは自分だと言わんばかりの喜びを隠しきれない表情で、薬包を主治医に手渡した。
「これと同じものが血液に含まれているはずよ。ね、ジョサイアも、調べたほうがいいと思わない?」
「……説明はしてもらえるんだよな?」
「ええ、もちろん」
彼女に説明する機会など二度と訪れないと思いながら、ぼくは訊いた。
父上は生きているのだから死因を調べるのは難しいだろう。
エレノアには、探偵役ではなく、その元気を活かした大切な役目を与えよう。
「それから、そこの使用人を拘束することもおすすめしておくわ」
ディオンヌが縛られて連行されるひと幕があったが、これはとくに問題はない。
もともと、ブランドンをおびき寄せるために隔離する必要があった。
金髪を銀髪に染めてあるのも、計画の一環だ。
他の使用人には「金色に染めていたが色が抜けてきた」と説明するようディオンヌに言ってある。
貴族が美しい金髪を求めて髪を染めるのは一般的なことだからだ。
エレノアの金髪だって、黒髪を染めたものだろう。
色がきれいに乗らずに、どちらかといえば茶色のように見える。
つくづく紛いもの――いや、あまり悪く言うのはよそう。
彼女はこれから父上に献上されるのだから。
「エレノア。父上の部屋はこちらだ」
「ありがとうジョサイア。アタシの言葉に従ってくれて」
こらえきれなかったぼくの笑顔が、みんなの目に不謹慎な男として映らなかったことを願う。
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