14(ジョサイア視点)

 あれ以来ぼくは、足しげく父上の部屋に通った。


 十字架と後悔に満たされた部屋は、半分人間のぼくであっても相当の疲労感があったけど。

 父上と会話ができる機会は、もうすぐ失われてしまう。


 これまでのコミュニケーション不足を補うように、ぼくたちは言葉を交わし合った。


 中でも、母上についての話の中には、ぼくの知らない事実が多くあった。

 それもそうだろう。

 ぼくの存在が、母上の死には深く関わっていたのだから。

 本人に告げるのは憚られることだったに違いない。


「あれは、食事がとても好きだったのだ。それがいけなかったのだろうな」


 父上が悲しげに語ってくれた内容は、こうだ。


 当時交流のあったブランドン家の屋敷でくつろいでいたある日、父上は突然意識を失った。

 おそらく薬を盛られたということに後から思い至ったらしいが、すべては後の祭りだった。


 意識を失っているあいだに、父上は母上の首筋に歯形を残していた。

 意図せず眷属にしてしまったのだ。


 母上は気丈に「これで本当の家族になった」と笑っていたらしい。

 でも、しだいに、『食欲』を我慢できなくなった。

 里を通じて定期的に配給される犯罪者の血液だけでは、渇きを抑えられない。


 息子の白い首筋を見て唾液が出たとき、母上は自分を許すことができなくなった。


 自室の椅子にみずからを縛りつけ、天窓から射す日光に焼かれて灰になったそうだ。


「私もそうやって死ねれば楽だったのだが、あいにくと丈夫にできていてな」


 後天性のヴァンパイアでもハーフでもなく、父上は真の純血なのだ。

 たいていのダメージは、回復力のほうが勝る。

 今は十字架に焼かれ続けることで弱りきってはいるが、それでも真夏の日照時間のあいだに絶命するかは疑わしい。


 貴族社会に溶け込むほど能力の高い、一族の歴史においても稀なふたり。

 ブランドンとジョーデンは、ヴァンパイアの里が誇る最高傑作だった。


「父上。ブランドンはジョーデン家をどうしたかったのだろう?」


 ヴァンパイアと人間の夫婦が二組。

 それぞれが貴族社会で活躍していた。


 野心があったにせよ、父上に恨まれるようなことをする意味があったとは思えない。


「あいつは心底、私をあなどっていたのだよ。ヴァンパイアの国を作るという野望に加担しようとしない私の尻を、妻をヴァンパイアとすることで叩くつもりだったのだろう。あいつの目には私は、妻を愛するあまりに人間を敵視できない臆病者と映っていたということだ」


 妻への愛と、人間への愛。

 ブランドンの中では、それはまるで異なるもの。

 人間である妻を愛するが、それはそれとして人間を憎むことができる。


「父上、はたしてそれは強さと呼べるのだろうか?」

「私は逆だと思うよ。ヴァンパイアの中にも人間の中にも、愛すべき者がいればそうではない者もいる。血だの生まれだのではなく、みずからの目でそれを見定めることこそが、本当の強さだ。私には人間全体を馬鹿にして理解しようとしないブランドンこそが、目を閉じて震える臆病者に見える」


 父上の言葉を聞きながら、ぼくは考えていた。


 ふたりの婚約者のことを。

 ぼくがエレノアのことを好きになれないのは、人間だからだろうか。

 ディオンヌのことが愛しくてたまらないのは、同じヴァンパイアハーフだからだろうか。


 ……違う。

 ぼくがディオンヌを愛しているのは、彼女がディオンヌだからだ。


 すでに自分で心に誓っていた決意を、改めて父上に伝えた。


「ぼくは父上の望みを叶えたい」

「そうか……感謝する。弱りきった私だけで進めるのは、少々難しい状況だと考えてたところだ。頼む――」


「私とブランドンの因縁を終わらせる最後の計画に、力を貸してほしい」

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