12(ジョサイア視点)
ぼくの質問に返答をするまえに、父上は逡巡の表情を見せた。
嘘を言うつもりはないと思った。
きっと、どう伝えるべきなのか、迷っているのだ。
父上とこうやって面と向かって話をするのは久々だ。
ひどくやつれている。
顔は土気色となり、生気と呼べるものが抜けているように見えた。
この部屋の様子を見れば、無理もない……。
今や筆頭貴族とも言われる父上が、苦しんだ結果がこれだ。
たとえ唯一の肉親であっても、ぼくが自分の感情だけで何かを言うことはできないだろう。
「ディオンヌのことを、まだ愛しているのか」
父上がぽつりと言った。
「当たり前です。ぼくは彼女以外を愛したことがない」
「お前は婚約している。あの娘――エレノアと言ったか。弱小だが野心のある、面白い家だぞ」
「ただの俗物にすぎない」
ぼくが吐き捨てた言葉に、父上は笑った。
笑って、苦しそうに咳き込んだ。
「……俗物、結構なことではないか。あの娘はこのジョーデン家を乗っ取るつもりだぞ。死にきれない私に引導を渡してくれると期待して、縁談を組んだのだ」
「父上の自殺にぼくを巻き込まないでほしい」
「そう言うな。私とブランドンが消えて、それでようやくこの国は正常に戻る。そこでお前は、生まれ変わったジョーデン家の当主として、あの娘とともに新たな歴史を作っていけばいい」
なるほど。
父上はもう、退場するつもりなのだ。
この争いの場から。
ヴァンパイアと人間の戦争から。
かつてふたつの種族は、真っ向から戦い合った。
肉体的に優れたヴァンパイアと、数と器用さに優れた人間。
文字どおり血を血で洗う争いだったと聞くが、勝利したのは人間だった。
ヴァンパイアは歴史の表舞台から姿を消し――
そして今、政治という裏の世界でひそかに覇権を争っている。
人間どうし争っているつもりで、じつはヴァンパイアが潜んでいるのだ。
ブランドン大公爵はヴァンパイアの国を築くつもりだった。
数で負けたのであれば、数を増やそうと思ったのだろう。
「父上は、この世からヴァンパイアを消すつもりなのか?」
「ひっそりと暮らすことが共存だと信じているだけだ」
「だから、行方不明となったブランドンを今でも恐れているというわけか。ディオンヌはおとりか?」
詰め寄るぼくに、
「そうだ。結婚を考えなかったのは、お前とディオンヌが結ばれれば血が薄まらないからだ。愛しているなら、私を恨め」
苦しそうに言葉を絞りだす父上を、ぼくはじっと見た。
胸の十字架の下から、白い煙が上がっている。
皮膚を焼いているのだ。
過ちで妻を眷属としてしまったヴァンパイア。
大量の十字架に身を焼かれながら、それでも死にきれずにいる悲しい男。
そんな父上を、恨むことはできなかった。
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