04
「……今朝方、父上が息を引き取った」
エレノアが訪れてから一週間後のことでした。
ジョサイアは、屋敷の広間に使用人8人全員を集めて、ジョーデン侯爵の逝去を告げました。
彼の隣には主治医も立っています。
「苦しむことなく、眠るような最期だった。父上は、とても安らかなお顔をされていた」
そう語るジョサイアの表情は曇っていて、とてもその言葉が本当とは思えません。
苦しみ抜いた最期だったのでしょう。
それでも彼は、父の旅立ちを、苦難からの解放だと信じたいのかもしれません。
「父上は……。10年まえに母を亡くしてからの父上は、苦悩の日々だった」
珍しく饒舌に、彼は思い出話を語りはじめました。
「最愛の妻を失った父上は、落ち込んでいたのはほんの数日で、すぐに決意したように立ち上がり、侯爵としての役割をそれまで以上に全うしていた。ブランドン大公爵のライバルとして頭角を現したのも、それからだ。ぼくのような子どもには理解できなかったが、父上はよく言っていた。『人間の歴史を守りたい』と」
人間の歴史。
大地の恵みに祈りを捧げ、人を愛し、子を育む。
その繰り返しを――守る。
ジョーデン侯爵が背負っていたものは、ひとりの手には余るほど巨大だとわたしには感じられました。
まだこれからという年齢で床に伏せってしまったのも、無理はないのかもしれません。
彼をそこまで追い詰めたものは何だったのでしょう。
ジョサイアは、わたしを含めた使用人全員に向けて、静かに言います。
「これまで父上に仕えてくれて、本当に感謝している。これからはぼくが父上のあとを継ぎ、ジョーデン侯爵を名乗ることとなるだろう。みなが慕ってくれたのが父上であれば、ここで暇を出しても構わない。残ってくれたらぼくは嬉しいが、遠慮なく申し出てほしい」
「とんでもない! これからも私らは坊ちゃんのおそばにおります」
まとめ役のメアリがまっ先に声をあげました。
彼女に続いて、他の使用人たちも口々に同意しています。
誰ひとり、若きジョサイアを支えていくことに迷いはないようです。
わたし以外の7人全員が継続雇用の意を示しました。
ひとり黙っているわたしのほうを、ジョサイアが見ました。
彼にまっすぐ見られることにわたしは慣れていません。
(わたしは行くところがないから……)
おずおずと同意の言葉を口にしようとしたとき、
「みんな聞いて! その使用人の部屋から毒薬が見つかったわ!」
広間の扉が勢いよく開き、エレノアがわたしを指さしながらつかつかと入ってきました。
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