03

 エレノアは窓の外の美しい庭を眺めながら、カップの紅茶をゆっくりと飲み干しました。

 空になったカップを見てわたしが近づくと、


「ジョーデン伯爵のお加減はどうかしら?」


 視線を外に向けたままの彼女がぽつりと言いました。

 突然のことに、心臓がどきりと脈打ちます。


(独りごと……?)


 わたしはディオンヌではなく、使用人です。

 黙って給仕を続けることにしました。


 そんなわたしを横目で見て、エレノアは続けます。


「ブランドン大伯爵が亡くなってから、寝込んでおられるという話よね。ライバルの不幸に心を痛めているのかしら。……それにしても、ちょっと長引きすぎだと思うのだけど」

「……」


 何か答えるべきでしょうか。


 旦那様はお優しいかたです、とか。

 張り合いがなくなったのかもしれません、とか……。


 でも、わたしが口を開くまえに、エレノアはハンドバッグを手に取りました。

 中に手を入れると、迷いなく何かを取り出し、


「おつらいのであれば、これが特効薬になるかもしれないけど」


 テーブルの上にぱさりと置きました。


 薬包――

 のように見えます。


「一般論だけど、偉くなればなるほど、最期のときを迎えるまでの苦しみって長くなるのよね。お金に困らないから何ヶ月も安静にしていられるし、お医者様もなんとか命を引き延ばそうとするし。たとえ本人が望んでいなくても、つらく苦しい状態がずっと続いてしまうの」

「……?」

「だから、そういうときはこれがいちばん。お医者様にもわからないわ。できるだけ速かに、苦しみを終わらせてくれる」


 最後のほうは、内緒話のように小さな声でした。


(苦しみを、終わらせる……)


 普通なら、完治するという意味になるのでしょうけど。

 どうもわたしは、違う意味のように聞こえてなりません。


 まるでその薬包の中に、死の毒薬が入っているかのように……。


 じっと聞いているわたしに背を向け、エレノアはさっと立ち上がりました。


「でも、アタシが寝室に行くといかにもって感じだわ。お医者様に内緒でお飲みいただくなんて無理ね。ジョーデン伯爵自身も内心ではこれを望んでいらっしゃると思うけど、残念。使い道がないから、もう捨ててしまいましょう」


 そして、「あっ」と初めて存在に気づいたふうに声をあげ、わたしを振り向くと、


「ごめんなさい。アタシ独りごとが多くって。そうだ、この紙の包み、貴女が捨てておいてくださる?」

「はい。かしこまりました」


 わたしは答えてすぐ、薬包を手のひらの内側に持ちました。

 隠せとは言われていませんが、まるで誰にも見られてはいけないかのように。


 そんなわたしを見て、エレノアはにこっと微笑みました。


「取り扱いには充分気をつけてね。あとは貴女に任せるわ」

「はい……たしかに承りました」


 わたしは、手の中の薬包が汗で湿らないよう、できるだけ平静を装いながら、エレノアの帰り支度に取り掛かりました。

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